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ギャンブルが私を育ててくれた…「競艇」を創作の糧とする詩人・渡邊十絲子さん

【go'in my way】自らの信じる道を歩みつづける人へのインタビュー。今回は、ギャンブルから多くのことを教わり、自身成長することができたという詩人の渡邊十絲子さんにご登場いただきます。

スピード感とターンの迫力が魅力のボートレース。年々女性ファンも増えてきている=
ボートレース専門誌「マクール」編集部提供

「天下御免の競艇客」として専門誌での連載21年

「そもそもお金を儲けたくて競艇をしているわけではないのですよ。儲からないことは、ギャンブルをやっている人ならだれもが知っていることで、公営競技では主催者が売り上げの25%を運営費や収益金などの名目で控除したあとの75%を配当金として支払います。このテラ銭=25%の壁がとても高いのです。平均の回収率は75%なので、まれにプラスの人がいるとしても、ほとんどの人の収支はマイナスです。それでもわたしが競艇を続けるのは、詩の創作と相通じるところがあるのと生きていく上で大切なことをいろいろと教えてもらえるからです」

学生時代に創作した詩集『Fの残響』でデビューした渡邊十絲子さんは、大の競艇好きとして知られ、月刊専門誌「マクール」におけるコラムは、今年で21年目を迎える人気連載だ。「天下御免の競艇客」の肩書きとともに、プロフィルには「57歳主婦にして詩人。生涯一競艇客という立場を貫き、問答無用に艇界を斬る気鋭の論客」と紹介されている。

ちなみに、かつての「競艇」は2010年に主催のボートレース振興会がブランド名として「BOAT RACE(ボートレース)」を採用したことから、一般表記では「ボートレース」が用いられている。いまでも「競艇」と呼び続けるのは、年季の入ったファンの証である。

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自身の思惑が裏切られる創作活動とギャンブル

「これは詩に限ったことではなくて芸術全般に言えることなのですが、なにかを創作するときは事前に『こういう表現がしたい』『こういうことを伝えたい』とプランを立てます。ただ、計画した通りに出来上がった作品に感動はありません。創作の過程で、自身の思惑は裏切られないといけないし、裏切られることによってはじめて、アートと呼ばれるものになると思っています。理屈通りだとこうなるはずだと思ったことが、日々裏切られる。そういう行為を続けていくと、人は謙虚になります。ギャンブルでは、まさに自分が思い描いていたシナリオがほぼ毎回裏切られますよね。そうした経験を得ることによって人として成長していけると思うし、実際、私自身も競艇のおかげで変わっていくことができたので、その出会いに感謝しています」

ボートレース専門誌「マクール」における連載は開始21年目で、最新号の2022年1月号で261回を数える。

32歳で「競艇場」デビュー、音の大きさに圧倒される

もともと小学生のころから詩が好きで、ふだんの生活では味わったことのない感動を何度も読み返して心のなかで再現していたという。ところが、13歳のとき、中学2年の国語の授業で、教科書に載っていた詩にまったく心がふるえなかったことに愕然とする。「13歳のわたしがなぜその詩に心がふるえなかったのか」を冒頭で考察した著書『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書)は、自身の成長の過程で出会った詩を読み解きながら現代詩の魅力を伝え、2013年の刊行後、版を重ねるロングセラーとなっている。

学生時代に詩人デビューしたものの、「詩だけでは食べていけないので」、予備校や教材開発販売会社などでの勤務を続けるかたわら詩作を続けてきた。29歳で結婚。「競艇」との出会いは、32歳ごろのことだった。

「同じ詩人の岩佐なをさんに誘われて初めて多摩川競艇場に行きました。もうモーターの音の大きさに最初圧倒されましたね。その時は、岩佐さんが競艇を教わっていた若い男性も一緒で、以来、その人がずっとわたしの競艇の師匠です。初めて買った舟券が当たって、おだてられたりして。ビギナーズラックだとわかっていてもうれしくて、とても楽しくなって、そのノリで3人で競艇の同人誌を始めたところ、いろんな媒体で取り上げられ、それがきっかけで専門誌の連載を始めることになりました」

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「いまの住まいは、多摩川競艇場に行くのに便利な場所を選びました」と話す渡邊さん。(撮影 繁田統央)

自分の精神状態を自分で調律していく術を学ぶ

「わたし自身、小さいころから誰もが当たり前にできることができない子で、学校になじめず、いまに至るまでまともに就職したことがないことなどから、なにかうまくいっていない人や不当に低く評価されている人や事象に心を寄せる傾向が強くあります。競艇=ギャンブルがまさにそれで、たとえばカジノ構想を語るときにはギャンブル依存症のことが必ず問題として取り上げられます。ギャンブルが身を滅ぼすと。飲食店とか酒屋を出すというときに、そうした問題は起きません。お酒=アルコールで身を滅ぼす人がたくさんいるのに、そうはならない。なぜなら、お酒の嗜み方を学ぶことがおとなとして大事だとか、教育的な側面がある程度認められているからです。でも、それは競艇も同じなのです。競艇=ギャンブルが人を育ててくれる。負けがこんでいるときに、我慢することや、勝ったときに自分を過大評価しないことなど、自分の精神状態を自分で調律していく術を学ぶことができます。そうしたプラス面がフォーカスされず、一方的に社会の悪者にされているのが腑に落ちないのです」

女性が男性と同じ舞台に立てるボートレースが本来の姿

1964年生まれの渡邊さんらは、1986年に施行された男女雇用機会均等法の影響を最も強く受けた世代にあたる。『今を生きるための現代詩』には、「書くことを自分の仕事にしようと学生のうちに決めていた」ことから、パートやアルバイトで「事務的作業(自嘲的に賃仕事と呼んでいた)」をしながら詩人として歩み始めた渡邊さんが、「はじめはきらきらかがやいていた」同世代の総合職女性から「数年もたたないうちに」「そうした快活さはじき消えて」しまうのを目の当たりにする様子が描かれている。

「フェミニズムを研究している方との出会いもあって、そうした方には、競艇の選手を取材することを勧めているのですよ。男性と女性が同じ土俵の上で、対等に戦える競技は、少なくとも私が知る限りでは、競艇と馬術競技くらいです。収入は同世代の女性と比べて、相当よいですよ。トップクラスに達しない選手でも年収1000万円を超えたりしますから。個人事業主なので、自分の都合に合わせて子どもを産んで育てることもできます。産休を取る女性選手に対しては、レース斡旋の面での優遇措置があります。経済的に自立できるので、結婚になにがなんでもしがみつく必要がなく、離婚しても暮らしていくことができます。わたし自身、女性として男性と同じ土俵に立てる仕事ばかりしてきたわけではなく、悔しい思いもしてきました。でも、競艇選手の在り方が当たり前の本来の姿だと思うのです。そうした当たり前が、他の分野でも広がってほしいですね。少子化に歯止めがきかないのは、男性に比べて女性の生涯収入が圧倒的に低いからです」

女性選手への容赦ないヤジですがすがしい気持ちに

「競艇場だと、女性選手に向けても容赦ないヤジが飛びます。とても活字にできないような言葉が浴びせられます。でも、わたしは初めてそれを聞いたときに、すがすがしい気持ちになりました。『女性なのに、よく頑張ったよね』と慰められるより、わたしだったら、そっちの方がうれしいです。ちゃんと男性選手と対等な存在として認められているのですから」

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2020年の女性選手獲得賞金トップの平高奈菜選手の獲得賞金は約5500万円にのぼる(クイーンズクライマックス表彰式にて、2020年12月31日、浜名湖ボートレース場)=ボートレース専門誌「マクール」編集部提供

舟券の買い方は中穴狙い、本命は買わない

昨今ボートレース界は、コロナ禍により無観客開催を余儀なくされたものの、それがインターネット投票の流れを加速化させ、昨年は対前年比約36%増の2兆1000億円の売り上げを記録するほどの人気を集めている。YouTube配信による自宅観戦とネット投票が主流になりつつあるなか、あくまでも「本場(レース場)で舟券を買うことにこだわりつつ、一生競艇を見守っていきたい」と話す渡邊さん。舟券の買い方は、中穴狙いで、本命は買わない。詩人としては、これから作りたい作品のイメージが具体的に心のなかにあって、それを実現するための作業をこれから続けていくという。「気持ちが落ちこんでいても、うわずっていても、だめ。詩の創作と舟券予想は、心の調律の仕方が同じ」というのが渡邊さんの持論だ。

自身の経験から「結婚するならギャンブラー、絶対お勧めです」

結婚のきっかけもギャンブルだった渡邊さんに、「結婚相手にするならギャンブラーが一番」という、もう一つの持論について最後に語ってもらった。

「夫とは学生時代から10年近く単なる友人でしたが、あるとき、競馬の安田記念で彼がびっくりするくらいの大穴を当てて、『指輪を買ってあげる』というので、『じゃあ、買ってもらおうかな』という感じで結婚しました。ひたすら安全に、平坦な道を歩こうとする人にあまり魅力を感じないのです。人間関係に限らず、仕事でも『あ、ここが勝負所だな』『潮目が変わったな』ということを敏感に察知して行動を変えるタイプに惹かれます。

同人誌が話題になったことから、麻雀の競技プロの方々と仲良くなって、一緒によく行動していた時期があります。その人たちは頭脳の力で生きている本物のプロで、状況を読む力というか、危機察知能力にものすごく長けているのです。ですから、一緒に行動していて、困ったこととか、不愉快な思いをしたことがないのです。間の悪いことなんて決して起こらない。それと、相手のあるギャンブルでは、実力がないと淘汰されてしまいます。精神的に不安定でもだめです。ある程度のキャリアのあるギャンブラーは、その厳しい世界を生き抜いてきたわけですよ。生命力が強い。結婚するならギャンブラー、絶対お勧めですよ」

<渡邊十絲子さん> わたなべ・としこ 1964年、東京生まれ。早稲田大学在学中に卒業制作の詩集が「小野梓記念芸術賞」を受賞し注目される。主な著書に、詩集『Fの残響』『千年の祈り』(以上、河出書房新社)、書評集『新書七十五番勝負』(本の雑誌社)、エッセイ集『兼業詩人ワタナベの腹黒志願』(ポプラ社)など。

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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