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インタビュー

柔道での悔しさをばねに芸にいそしむ 黒帯2段で元パティシエの八王子芸者 ふく弥さん

【go'in my way】自らの信じる道を歩みつづける人へのインタビュー。今回は、パティシエから芸者の道に転じた、八王子芸者のふく弥さんをご紹介します。

八王子芸者再生の物語に感動して芸者の道へ

「はじめてお稽古を見学させてもらったときに、めぐみお母さん(置屋「ゆき乃恵」主人)から、ちょうど出たばかりの『芸者衆に花束を。八王子花柳界、復活』(浅原須美著、風声舎)という本を『これ、進呈するね』と言われて、いただいたのです。家に帰るまで我慢できなくて、置屋を出てすぐのカラオケボックスに入って、読みはじめました。その本には、めぐみお母さんをはじめ、地元の人たちが一体となって八王子の花柳界を再活性化していく様子や、お母さんが若い女性を芸者として、人間として成長させていく過程が丁寧に描かれていて、本当に感動的な内容でした。それで芸者になる決意を固め、次の日の朝、出勤途中にJRの蕨駅のホームから、お母さんに電話して、『芸者になりたい』と伝えたのです」

28歳のときに、「自分の本当の夢をかなえるには、いましかない」と思ったという、ふく弥さん。(撮影 繁田統央、1枚目と4枚目はのぞく)

京都の宮川町でアルバイト 花柳界に接して憧れる

千葉県の出身。小さいころから、お菓子づくりが好きで、自然とパティシエを目指すようになった。地元の高校を卒業後、大阪の製菓専門学校に1年間、通ったものの、すぐにはパティシエの仕事に就くことはできず、6年間、京都で飲食店のアルバイトをして過ごした。そして、25歳のときに念願かなって、東京・青山の製菓部門を持つレストランで、パティシエとして働くことになった。

「もともとお菓子づくりが好きだったのと、自分には接客業は向いていないな、という思いがあり、ひとりでこつこつ仕事ができるパティシエを目指したのですが、結果、接客業に携わるようになりました。実際に頑張ってやってみて、接客業の魅力などもわかるようにはなったのですが、両親に無理を言って大阪に勉強に行かせてもらったので、パティシエにならないと『顔向けできない』という思いがずっと心の中にありました。一方で、京都で働いていたお店が宮川町にあって、目の前が有名なお茶屋さんで、舞妓さんを毎日目にすることができましたし、お店にも来てくれて、お話をする機会がありました。皆さん気さくに接してくれて、漠然と花柳界に憧れるようになっていたのです。パティシエとして働きはじめても、花柳界への憧れの気持ちは消えないままで、28歳のときに、『自分の本当の夢をかなえるには、いましかない』と思い、インターネットで調べて、『見学可』とあった、ゆき乃恵さんを訪ねたのです」

真剣なまなざしで茶道の稽古に取り組む、ふく弥さん

住み込みで修業を積み 9か月でお披露目

置屋ゆき乃恵で、住み込みとして修業を始めたのが、2017年7月のこと。めぐみお母さんと一緒に暮らしながら、着物の着方や芸者としての所作などを見よう見まねで覚えるのと並行して、小唄、鳴り物、日本舞踊、茶道といった芸事の稽古も続けた。

「中学・高校が柔道部で、よく『柔道をやっていたのに正座もできないの』と言われるのですが(笑)、稽古といえば、それくらいで、芸事のお稽古の経験はまったくありません。ゼロからのスタートだったので、大変でしたね。お三味線の弾き方や小唄の音程を直してもらっても、お師匠さんの言っていることを理解できない状態がしばらく続きました。なにもできないことが、辛かったですね。そうしたときでも、お座敷やイベントがひっきりなしにあります。お母さんやお姉さんについて行って、お手伝いをしなくてはなりません。お披露目までの9か月間は、怒涛のような毎日で、あっという間でした」

芸者としてのデビューとなるお披露目は、2018年5月、八王子の芸者衆を応援する団体の「八王子黒塀に親しむ会」の年次総会の席で果たした。100人を超える”旦那衆“の前で、ふく弥さんは、めぐみお母さんの三味線のもと、地唄の「鶴の声」に合わせて踊りを披露した。以来、お座敷やイベントなどで芸事の技量に磨きをかけ、今年5月には、八王子の芸者衆による舞踊公演「八王子をどり」で、1人で踊るパートを任されるまでに成長を遂げた(1枚目の写真)。

昨年秋のお座敷で体験ツアーで日本舞踊を披露するふく弥さん(ゆき乃恵提供)

成長を実感できる仕事 お母さんを見習い一人前の芸者に

「『八王子をどり』では、7人の群舞の『扇獅子』のうち、2分くらいを1人で踊らせてもらいました。4回の公演のどれひとつも満足できるものがなくて、とても悔しい思いをしました。八王子は、かつて花柳界が盛んだったことから、芸事に対して目が肥えている方が多くて、その前で芸を披露するのはとても緊張する反面、『うまくなったね』と言われたりすると、とてもうれしく励みになります。もちろん、まだまだ未熟なことはよくわかっていますが、そうして褒めてもらえると、一つ上の段階に上がれたのかなと。成長を実感できるのが、このお仕事の魅力のひとつですね」

先の東京五輪では、阿部兄妹をはじめ、柔道競技は金メダルラッシュで、大いに盛り上がった。柔道二段、黒帯のふく弥さんは、さぞかし盛んに応援したのかと思いきや、そうではないそうだ。

「わたし自身、柔道そのものでは成績が残せず、不完全燃焼で終わって悔しかったという気持ちが強くて、柔道の試合を見ていても、どこか心底楽しめないところがいまでもあるのです。そうした柔道で負った心のわだかまりを、いまの立場で乗り越えていけるといいな、なんとかリベンジしたいと思っています。

芸事なので、これで完成、ということはありません。常に技量を更新し続けていかなくてはなりません。日々の積み重ねが大事です。めぐみお母さんは、目標というのはおこがましいほど、雲の上の存在なのですが、お母さんやお姉さん方のお稽古に取り組む姿勢を見習いながら、一人前の芸者として大きく成長していくのが、いまのわたしの最大の目標です」

目標とする、めぐみお母さんとのツーショット

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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