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Lifestyle

インタビュー

ヒゲ女装で心の開放と差別・偏見のない世界をと呼びかける イラストレーター・谷口シロウさん

【go'in my way】自らの信じる道を歩みつづける人へのインタビュー。今回は、メンズ・シロウとレディ・シロウという二つの顔を持つイラストレーターの谷口シロウさんに、ヒゲ女装についてのこだわりについて、お聞きしました。

「最初は、一度のイベントでやめるつもりが10年になってしまいました」と話すレディ・シロウの谷口シロウさん(撮影 繁田統央)

「もう、子どもなんかほんと、ガン見してきますよね。電車なんかに乗っていると、『お母さん、へんな人がいる』って。あと道ですれ違う人に、ぱっと避けられたり。最初は、一度のイベントだけでやめるつもりだったのです。それが、この10月25日で10年ですからねぇ」

イラストレーター兼アーティストとして30年以上のキャリアを持つ谷口シロウさんには、二つの顔がある。ふだん1人でイラストや絵を描くときのメンズ・シロウと家の外で人と対面で活動するときのレディ・シロウ。レディ・シロウのときは、女装する。ヒゲを生やしているから、ヒゲ女装である。確かに、子どもならずとも、ガン見してしまうと思うのだが、なぜ、ヒゲ女装を始めたのだろうか。

きっかけは東日本大震災 一度だけの女装のつもりが……

「きっかけは、10年前の東日本大震災です。当時、多くの表現者が、なにかしないといけないと感じて、さまざまな活動を始めました。僕も同じように感じて、なにかしたいなぁと。節電で街の照明とかネオンが消されて暗くなったのと同じように、世間全体の気分も暗くなっていたので、ぱっとなにかみんなが明るくなるような、ばかばかしいことをしたいと考えていました。

その年の10月にある展覧会があって、アートディレクターとイラストレーターが組んで大きなポスターを作るという企画に参加することになり、いろいろアイデアを練ったすえに、ヒゲ女装が生まれたのです。ポスターを制作して、展覧会のパーティーにヒゲ女装で行って、そのイベント限りで女装はやめるつもりだったのですが、街を歩いているのならともかく、イベントのような非日常の場だと、知らない人がいろいろ話しかけてくるのです。『どうしてヒゲ剃らないの?』とか『どうしてそんな格好をしているの?』とか。僕自身、もともと人見知りで、イラストレーターなので、ふだんは家で黙々と絵を描いているだけです。知らない人との会話がとても楽しくて心地よくて、それで習慣的に続けるようになったのです」

女装してわかった固定観念にとらわれていた自分

以来、だいたい週に1、2回、美術展に行くときや、イベントで似顔絵を描くときには女装で外出しているという。ヒゲで女装して、いろいろな人と会話するうちに、自分自身について、新しい気づきがあったそうだ。

「ただ、ヒゲ女装して外を歩くだけだと、悪ふざけにすぎないので、『ひげ女装による心の開放と差別、偏見なき世界へのアピール活動』というテーマを掲げて活動しています。クイーンのフレディ・マーキュリーが好きで、彼の歌や生き方に大きく影響を受けていて、大学時代にも周りにLGBTの人がいて、その問題については、少なからず理解はありました。

とくに女性から話しかけられることが多いですね。こういう格好ですが異性なので、同じ女性より話しやすいのかもしれません。話しているうちに、『実はわたし、レズビアンなのです』と打ち明けられたことも何度かあります。話を聞いてもらって、『気持ちがすっきりした』と言ってくれる方もいます。

もともと僕にも同性愛的な指向があるのではと、うすうす感じていたところに、すごく深い話をいろいろ聞くことによって、自分はそれまで、男性だから女性を好きにならなくてはいけないという、世間一般の固定観念、一般常識にとらわれていたということがわかりました。僕自身は、男性だからとか、女性だからとか、というのではなく、人として好きかどうかを大事にしていきたいと改めて強く思ったのです。

性的な指向は白か黒ではっきりわかれているのではないですよね。活動の流れのなか、新宿2丁目に行って、性的マイノリティの人と話をしたりする機会も何度かありましたが、ハードとかソフトとかの間には、さまざまなグラデーションの方がいて、ひとくくりにできない。この活動を通じて、LGBTについて、学ぶことや気づきが多くありました」

メンズ・シロウとしては、アーティストとして商業施設などで壁画を描く活動もしている。ここ、東京・日暮里のサルサクラブサルーでは、今年6月末から週2回のペースで通って、店内の壁に絵を描き続けている。(撮影 二居隆司)

壁画描きからキラキラ似顔絵、妄想ヌードと幅広く活動

生まれは名古屋市。両親は中学の教師で、アマチュア画家の父親が日曜日に自宅で「お絵かき教室」を開いていて、そこで物心つくころから絵を描いていた。高校、大学とバンドでドラムを担当し、「ミュージシャンとして食べていけたら」と思った時期もあったが、結果、イラストで生きていくことになった。

「大学を卒業してから、しばらくぶらぶらとしたあと、二つのデザイン会社にそれぞれ2年ずつ勤めました。その間に、イラストの公募展に何度か入選して仕事をいただけるようになり、30歳のときにイラストレーターとして独立しました。長くイラストの仕事を続けるうちに、自分の気持ちにも変化が起きて、イラストだけでなくて、いまは絵を描く、アートの方もやっています。同時に、紙媒体から飛び出したいという気持ちもあって、メンズ・シロウとして、ビルの壁画に絵を描くこともしています。

レディ・シロウとしては、ハッピーキラキラ似顔絵&妄想ヌードという活動もしています。いずれも話をしながら、相手の希望を聞きながら、幸せな気分になってもらえるようなイラストを描いています。鉛筆で描いて、マニキュアで色を塗って、それもラメの入ったものを使って、幸せに見えるようにキラキラした似顔絵にします。妄想ヌードだと、『胸を大きく描いてほしい』とか、『天使のように』『人魚のように』といったリクエストが多いですね。『妄想』ですから、実際にヌードになってもらう必要はないのですが、ヌードになって描いた人もいます。相手に元気を与えたくて始めた活動なのに、逆に自分が元気をもらって、家を出るときに体が重いなと感じていても、終わったころには元気いっぱいになっています」

ハッピーキラキラ似顔絵を描いているときのレディ・シロウ(上)と妄想ヌード(下) (撮影 二居隆司)

これからも周りのみんなに勇気と憩いを提供し続けたい

コロナ禍により、マスク着用での生活が日常となったことで、レディ・シロウの活動は、やりづらくなったそうだ。マスクをしていると、ヒゲが見えなくて、活動の本意が伝わりにくいからだ。誕生から10年、レディ・シロウの今後の活動について、谷口シロウさんはどう考えているのだろうか。

「そうなんですよ。やりづらいですよね。ヒゲが見えないと、女装だとなかなか気づいてもらえませんから。でも、子どもは敏感なので、マスクの端からヒゲがのぞいているのを、じっと下から見上げているんですよね。

ちょうどヒゲ女装を始めたころから、徐々にLGBTについての世間の関心が高まってきて、活動を始めるには、とてもよいタイミングでしたね。ところが、コロナ禍によって、LGBTの問題にしてもそうですし、差別や障害者に関する問題にも世間の関心が薄まってしまい、同調圧力が高まるとともに、画一化への流れが強まっているように感じます。幸い、徐々にではありますが、日常が戻りつつあるので、いつかそれが実現できたときには、まず、マイノリティの方への理解を広めたり、深めたりすることのできる、お祭りみたいなイベントを開きたいですね。その前にまず、谷口シロウとして、12月に個展を開く予定です。

女装はしていても、女性になりたいんじゃないんですよ。だとしたら、ヒゲは生やさないじゃないですか。もともとは老後の楽しみ、みたいなノリで、52歳のときに始めました。若ければやっていないです。若いころは、イラストの仕事と並行してビジュアル系バンドのメンバーとしても活動していたので、その延長線上と思われるのが嫌だったでしょうし、未熟だったので、もし当時、女装していたら、とんちんかんな方向に行ってしまったかもしれません。

レディ・シロウは、まだ10歳ですが、正直、20歳まであと10年できるかなぁと思うときがあります。ハイヒールだと歩きにくいし、体力的にもきつい。でも、70歳を超えた老人がヒゲ女装をしているとおもしろいと思うんですよ。体力の続く限り、レディ・シロウとして、周りのみんなに勇気と憩いをご提供できたらいいなと思っています」

「日常が戻ったら、マイノリティの方のためのお祭りのようなイベントを開きたいです」 (撮影 繁田統央)

谷口シロウさん プロフィル

名古屋市生まれ。東京造形大学絵画科卒業。企画デザイン会社4年勤務。以後イラストレーター。広告、エディトリアル、キャラクターなどとして仕事中。日本グラフィック展、イラストレーション展などで受賞多数。個展22回。

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。今回、レディ・シロウさんに生まれて初めて似顔絵を描いてもらって、いたく感動した。

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