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Lifestyle

インタビュー

ギャルにこだわる会社経営者で舞台俳優のラッパー 松島やすこさん 

【go'in my way】自分の信じる道を歩み続ける人へのインタビュー。ギャルとして振る舞うことで、素の自分を見つけることができたという会社経営者で、舞台俳優で、ラッパーの松島やすこさんに、ギャルとはなにか、ギャルとしての生き方についてお聞きしました。

金髪で大学の入学式に出席してガン浮き

ギャルになったのは、2008年に大学に進学してからだという。

「通っていた中高一貫校がわりと校則がきびしめで、演劇部だったので、それを理由にカラコンとか茶髪とかしたりしてたんですが、よく怒られていました。私、地黒で、ファッション誌とか読んでみて、自分にはギャルっぽいファッションが似合うんだろうなとずっと思ってたんです。ギャルで黒髪じゃしんどいから、金髪だよなと。でも、高校では無理なので、大学生になったら、絶対金髪にしようって。それで実際に金髪にしてみると、進学した先がやっぱり結構お堅い大学で、入学式でガン浮きしてしまいました」

「こいつ、ギャルじゃん」みたいに言われると、「ギャルっぽい雰囲気を演じてみようかな」という気持ちになるそうだ
(写真はいずれも、繁田統央 撮影)

ギャルになることでコミュニケーションが円滑に

ギャルそのものは、松島さんが小学生だった1990年代が全盛で、当時は、「私には、関係のない人たち」「まったく別のタイプの人たち」と思っていたそうだ。

「小学生のころは、お母さんの選んだ服を着ていて、ほんとイモでした。ただ、大人になって、髪の色や服装をギャル風にして、初対面の人に『こいつ、ギャルじゃん』みたいに扱ってもらえるようになると、『ギャルっぽい雰囲気を演じてみようかな』という気持ちになるんですよね。それで言葉遣いをちょっと軽めにして話したり、見た目に合わせて内容をカスタマイズしたりしてみると、意外とコミュニケーションがうまくいったんです。子どものころからガリ勉で、頭がいいムーブをしてしまうところがあって、どうしても話し相手に対して強めに言ったりして、怖がられたりしていたのに、それがギャルになることで、なくなったんです。ギャルでいることが、自分の中でまったく違和感がなくて、素のままの自分でいられるような気持ちでいられて、居心地がいいんですよね」

演劇で出会った仲間と会社を立ち上げ社長に就任

2012年に大学を卒業後、IT関連企業に就職し、2年半の勤務を経て、メディア制作会社に転職。勤務のかたわら、社会人劇団での活動を通じて知り合った仲間4人が始めたレーザーなどの特殊照明を駆使したライブ演出やプロデュースの仕事を手伝っていた結果、2016年1月に「渋家株式会社」(2018年から「渋都市株式会社」)として法人化するのに合わせ、本格的に関わることになった。

2018年7月から2021年6月まで、同社の共同代表取締役社長を務め、「ギャル社長」としてマスコミに取り上げられたりする一方で、社会人劇団で俳優として舞台に立ったり、ラッパーとしてライブに出演したりとマルチな活動を続けている。現在は、同社が2018年12月に立ち上げたアパレル事業部の代表を務める。

「会社を立ち上げるまでの20代前半は、目の前の仕事をてきぱき片付けるのが得意でしたし、そういう部下は上司として使いやすいのか、評価も高かったです。とりあえず走っていたら、『評価』というスタンプがもらえるスタンプラリーみたいな感覚でした。私を含め、5人で会社を立ち上げたのですが、例えばアイデアを生むことや、コミュニケーションを取ることに能力が特化している、よく言えばワンスキル秀でている、悪く言えば他のことは苦手なメンバーぞろいだったんです。私には正直、飛び抜けて秀でている部分がないし、イチから何かを生み出すのは苦手です。いわゆる”クリエイティブ”なことを期待される環境で、自分になにができるかを考えたときに、クリエーターの人たちを支えるポジションで、必要な知識をつけたり、全体を俯瞰して回したり、効率化するために頭を使うことも、また別の意味でクリエイティブなんじゃないかと思えるようになりました。会社勤めの経験や、勉強に打ち込んできた過去も、最初は役に立たないと思っていたけれど、考え方を変えてからは強い武器になったと思っています」

クリエイティブについてコンプレックスで悩んだ時期も

そう思えるようになる前には、大きな挫折経験があった。

「一緒に会社を立ち上げた彼氏に、フラれたんですよ。その彼とは、いまも同じ会社で一緒に働いています。私も編集やデザインの経験があるので、ある程度のことができるものの、納期に合わせて『80点』のデザインを出してしまったことがあるんです。ライブエンジニアの彼は、それが気に入らなくて、『なんでそんな80点のものを出してくるんだ』って。それが原因で別れることになって、1年くらい、自分のクリエイティビティについて強くコンプレックスを抱いて落ちこんでいた時期がありました。あるとき、他の役員の子に相談したら、『やすこ、自己評価低いよね。おれは毎朝、鏡の前で”おれはきょうも天才だな〜”って思うようにしているから、やってみたら?』と言われたんです。その言葉が刺さったので、マジで実践すると、『なんであの人はできて、私はできないんだろう』ではなく、『私とあの人は違うジャンルの天才なんだわ』『同じ天才として、自分の分野で頑張ろう』と思えるようになって、コンプレックスが消えていったんです」

「30代は国内の縫製業者の方の存続を支えていきたいと考えています」

会社で新たに立ち上げたアパレル事業においては、製造現場が海外に移転し、国内での担い手が不足するという問題が業界として顕在化している。

「私たちが手掛けるコアな層に刺していくブランドだと、ロットが少ないので、そうした国内の小規模な縫製業者の方はとても貴重な存在なのに、不景気や後継者不足で廃業したりするケースも耳にします。アパレルメーカーとしてよいものを作ることに加え、そのような工場が存続していくための支えとなる仕組みを、自身の30代の間に作り上げ、恩返しをしたいと考えています」

ギャルはマインド、自分の進むべき道を選んでいく

 最後にギャルへのこだわりについて、改めてお聞きした。いつまでギャルを続けるのだろうか。

「ギャルは、マインドだと思っているんですよ。よく、とんがったこという人に、『お前、パンクだね』って言うじゃないですか。あと、『ロックだね』とか『ヒップホップだね』とか。いろいろあるマインドのひとつが、ギャルなんです。かつてのガン黒ギャルはだいぶ減ったと思うけれど、私にとってのギャルとは、新しいことを取り入れることを怖がらない、ポジティブな存在で、同時にちょっとヤンキーっぽいところもあって、地元を愛して、そのカルチャーを愛してみたいなところもある。その上で、自分の意思で、きちんと自分の進むべき道を選んでいくマインドを持っているのがギャルだと私は思っています。そういう意味では、これからもずっと自分はギャルでいられると思うし、ギャルでいたいと思っています」

松島やすこさん プロフィル

1989年生まれ。石川県金沢市生まれの横浜市育ち。劇団での役者活動、Web制作会社や編集などのキャリアを経て、ライブ・イベント演出を中心とする渋都市株式会社取締役に就任。同社の新規事業としてアパレル事業部を立ち上げ、現在は事業部長。ランジェリー・ナイトウェアを扱う「Lola wed.」、ユニセックスアパレルブランドの「killremote」などのプロジェクトマネージャーを務める。

Lola wed. https://www.lolawed.tokyo/

killremote https://killremote.thebase.in/

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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