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Lifestyle

インタビュー

子ども食堂の運営をサポートするボートレーサー 前田紗希さん

【go'in my way】自分の信じる道を歩み続ける人へのインタビュー。”水上の格闘技”とも呼ばれるボートレースの世界で活躍するかたわら、子ども食堂など子どもたちを支援する施設や団体をサポートするプロジェクトを立ち上げ、運営資金などの援助を行っている前田紗希さんに、ボートレースやプロジェクトへの思いなどについて、お聞きしました。

「人の役に立つことがしたい」との思いからプロジェクト立ち上げ

ボートレースの世界で活躍する女性選手とファンのエネルギーを社会に届ける「TUGBOAT PROJECT(タグボート プロジェクト)」を2020年9月、関係者とともに立ち上げ、現在、リーダーを務めている。自身も含む女性選手がデザインしたTシャツをネットでチャリティー販売し、その売り上げを子ども食堂やフードパントリーといった子どもを支援する施設や団体に寄付しており、これまで4回の販売を行い、会計処理が終わっている最初の3回の販売では、合わせて約48万円を子ども食堂の運営母体など5つの団体・組織に寄付した。

「コロナ禍で外出などが規制され、逆にいろいろと自分で考える余裕ができたときに、『なにか人の役に立つことをしたい』という思いが次第に募ってきたのです。それで、自分に何ができるか、何をしたいかを、考えたり、調べたりしてみて、子ども食堂への支援を思い立ちました。子どもと接するのが好きで、食べることも好きだったで、子ども食堂の存在を知って、『これだ』と思いました」

「なにか人の役に立つことをしたい」と思っていたときに、子ども食堂と出会いました(撮影 繁田統央)

バレリーナの夢をあきらめアメリカ留学から帰国

プロのボートレーサーとして、2014年11月にデビュー。勝率や出走数で半年ごとに振り分けられる級別で、現在はB1級にいるものの、5月までの前の期の半年間は、トップレーサーの証となるA級昇格まであと一歩のところまで迫った。レーサーとして順風満帆のように見えるが、その前に大きな挫折も経験している。

「7歳のときにバレエを始めて、プロのバレリーナを目指していました。学校の部活もせずに、ずっとレッスン一筋で、15歳から17歳の2年間は、アメリカのヒューストンにあるバレエ学校に通っていました。ところが、日本では頑張っていたつもりでも、世界のレベルになると、とてもでないがプロにはなれないと思いました。両親の金銭的な負担も大きかったですし。それであきらめて、帰国したのです」

バレエ以外に自分になにができるだろうかと考えたとき、まず頭に浮かんだのが、父・光昭さんの職業であるボートレーサーだった。子どものころから、テレビで父の走りを応援し、身近に感じていたのに加え、楽しそうに遠征に出る父の姿を見て、仕事としてのボートレーサーに好印象を抱いていたからだ。

37倍の難関を乗り越えボートレーサーに

ボートレーサーになるには、筆記と実技の試験に受かった上で、1年間、養成学校に通って、厳しい訓練を受けなくてはならない。プロデビューへの道は極めて難関で、この5月にデビューした第128期においては、応募者数1053人に対して、養成所入所は51人(男子32人、女性19人)、修了者28人(男子15人、女子13人)で、37・6倍の狭き門になっている。その試験に、連続して5回、不合格だった。

「夢だったバレリーナをあきらめたことで、とても絶望的な気持ちだったところに、立て続けの不合格ですからね。将来が見通せなくて、本当に辛くて暗い2年半でした。養成所に合格できなかったときの備えとして、情報処理系の専門学校に通っていて、6回目のときに授業中に合格を知らせるメールがスマホに届いたのです。授業中なのに、『よっしゃ〜』と声を上げてしまい、そそくさと荷物をまとめて、『それじゃ、私、帰ります』って(笑)。辛かった間、ずっと支えになってくれたのが家族でした。父、そして、いま事務局長としてTUGBOAT PROJECTの運営を助けてくれている妹の華奈、それと母です。とくに母は、いつもそばから見守ってくれて、くじけそうな私の支えになってくれました」

子ども食堂を訪れ子どもたたち交流する前田さん(TTUGBOAT PROJECT事務局 提供)

支援活動が選手としてのモチベーションを高める

TUGBOAT PROJECTを始めたのにも母・文子さんの影響があったそうだ。

「小学生の高学年のころに、『いまの紗希ちゃんがあるのは、前世できっとよいことをしたからだよ』と言われたことがあるのです。それを聞いて、自分は希望する習い事ができるし、食べるのにも困っていない、とても恵まれた環境にいることに気づかされました。その恩返しではないですけれど、なにか人のためにしたいという思いが、そのときからずっと心の中にありました」

TUGBOAT PROJECTを始めてからは、メンバーとともに、実際に子ども食堂を訪ね、「ここなら」と自身で確信がもてたところに寄付するようにしているという。

「最初の寄付先が、ボートレース戸田の地元の戸田市社会福祉協議会さんで、贈呈式のため戸田市役所を訪れたのですが、もう、名刺の渡し方からして知らないですし(笑)、本当によい社会経験を積ませてもらっています。実際に、子ども食堂を訪ねてみて感じたことは、ここにいま来ている子どもたちは、ちゃんと保護者の方に教えてもらってきているのだろうが、教えてもらえずに来られない子どもがきっといる、ということです。そうした子どもたちに、ネットなどを通じて、発信して情報を伝えていきたいと感じました。そのためには、私自身もボートレーサーとしてもっと実績を積んで、発信力を高めていかなくてはいけないと思っています。子ども食堂への関わりが、ボートレーサーとしてのモチベーションにもなっているのは間違いありません」

プロジェクトの最初の寄付先は、地元の戸田市社会福祉協議会だった(戸田市役所にて=TUGBOAT PROJECT事務局 提供)

夢はボートレース場での子ども食堂開設 ファンの心に残るレーサーを目指す

毎回の販売では、イラスト制作に協力してくれたレーサーと前田さんとの関係を「私たちは〜」というタイトルにして、掲示している。6月30日に締め切った第4回目のタイトルは、「私たちは、2020年初優勝組+もう少し時間のかかりそうなリーダーです」だった。優勝戦に進出した経験はあるが、数日間にわたって行われるシリーズの優勝はまだない。ボートレーサー、そしてTUGBOAT PROJECTリーダーとしての今後について、前田さんはこう語ってくれた。

「私も『初優勝組』に加わりたかったです(笑)。悔しいですね。ボートレーサーとしての当面の目標はA級昇格、それと初優勝ですね。優勝戦だと最後の12レースに1回走るだけなのです。ほかの選手が忙しそうにしている姿を見ながら、優雅にお昼ご飯とか食べてみたいですね(笑)。その上で、前田紗希というと、『あのレース、すごかったよね』と言ってもらえるような、ファンの記憶に残るレースをしたいです。せっかくボートレーサーになったので、現役選手でいある間に、ファンの方の心になにか印象に残るレースをしたいと強く思っています。子ども食堂との関わりでいえば、いつか戸田のボートレース場に、それを開設するのが夢です。保護者の方たちにはボートレースを楽しんでもらって、『子どもたちはこっちだよ〜』と声を掛けて、私がその子たちの世話をする。それが実現できれば、最高に幸せです」

ボートレーサーとしては、トップレーサーの証であるA級昇格まであと一歩(TUGBOAT PROJECT事務局 提供)

前田紗希さん プロフィル

1993年2月、埼玉県さいたま市出身。158センチ、51キロ。登録番号4845。第115期のボートレーサ-として、2014年11月、戸田ボートレース場でデビュー。2016年4月、尼崎ボートレース場にて、6コースからのまくり差しで初勝利をあげる。2019年12月には初めて優勝戦に進出。アグレッシブなターンでファンの人気を集めている。父・光昭さんも、同じ埼玉支部所属のG1優勝歴を持つボートレーサー。2020年9月に、TUGBOAT PROJECTを立ち上げ、代表に就任。

TUGBOAT PROJECT https://tugboat-p.jp/

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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