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中島京子著『やさしい猫』 入管制度に立ち向かう親子3人の絆を描く

【街歩き的ブックガイド】今回、紹介する『やさしい猫』は、読売新聞の夕刊に2020年5月7日から2021年4月17日までの間、連載された直木賞作家・中島京子さんの小説です。物語が佳境に入ってからは、次の展開がどうしても気になって、毎日夕刊が届くのを心待ちにしていました。語り手のマヤちゃんとシングルマザーのミユキさん、紆余曲折あってミユキさんと結婚するスリランカ人のクマさんの3人が主人公です。3人が家族になっていく過程で、大きな障害となるのが、わが国の出入国管理制度です。

震災ボランティアで知り合ったミユキさんとクマさん

ちょうど、この連載が始まったころから、国内の地域ごとに設けられている出入国在留管理局、通称・入管などで収容されている外国人に対する非人道的な処遇が新聞などで報じられる機会が増えたように感じます。つい最近も、スリランカ人の女性が収容先で適切な医療が受けられずに亡くなった問題で、関係者4人が処分を受け、監視映像が遺族に開示されたと報じられたばかりです。物語には、「仮放免」とか、「在留特別許可」とか、「裁量」といった、ふだん聞きなれない言葉がしばしば出てくるのですが、著者は綿密な取材を通じて、わかりやすく読者に説明してくれます。入管問題に世間が目を向けるきっかけとして、『やさしい猫』がはたした役割は小さくないと思います。

物語は、2011年3月の東日本大震災のあとに、ミユキさんがボランティアとして被災地を訪ねたところから始まります。そこで、同じスリランカ人で群馬県でカレー店を経営するペレラさんと一緒に炊き出しにきていたクマさんと出逢います。「クマさん」は、クマラさんの愛称です。スリランカの方の名前は、とても長いそうです。紙幅が限られているので、フルネームは実際に物語を読んでみて、確認してみてください。

        読売新聞連載29回目の挿絵 絵・西山竜平

勝てる確率1〜2%の裁判が始まる

シングルマザーのミユキさんは、マヤちゃんのことを大事にするあまり、なかなかクマさんとの結婚に踏みこめません。そうしたミユキさんに対し、「ええかっこしい」のクマさんは、ある日本の格言に基づいた作戦でアプローチしていきます。そして、結婚‥‥となるのですが、ここまでは物語のほんの出だしの部分です。そして、オーバーステイ(超過滞在)で入管に収容されたクマさんの在留特別許可を得るための、3人が一緒に暮らすための裁判が始まるのです。

弁護士のハムスター先生や元入管職員の上原さん、マヤちゃんの初デートの相手になるトルコ国籍でクルド人のハヤト、幼なじみで「ベストフレンド」のナオキくん‥‥様々な人たちが3人の戦いを応援してくれますが、相手は国です。そう簡単な裁判ではありません。物語の中では勝てる確率は、1〜2%と説明されています。

タイトルにある「やさしい猫」は、クマさんが初めてマヤちゃんと会った日に話してくれたスリランカの童話です。そのとき小学4年生のマヤさんは、話を聞いて、「ものすごくびっくりした。いや、それはないだろう。」と思います。出てくる猫を、やさしくないと感じたのです。あの童話はいったいなにを伝えたかったのだろう。その問いをずっと胸に抱え続けていたマヤちゃんは、高校2年になってナオキくんと改めてその童話について話し合うのです。

唐突に出現しマヤちゃんの度肝を抜いた大仏様

マヤちゃんやミユキさん、クマさんが目にしただろう風景を自分の目で見てみたくなって、物語の舞台を訪ねてみました。茨城県の牛久の入管に移送になったクマさんをマヤちゃんは学校を休んで訪ねていきます。JRの牛久駅から牛久浄苑行きのバスに乗り、入管までは約30分かかります。バスに乗っている間、行きは左側、帰りは右側に、牛久の大仏様が見える区間があります。マヤちゃんは、「その唐突な出現にびっくり」します。圏央道を車で走っていて、牛久の大仏様の大きさに度肝をぬかれた方は多いかと思います。大船の観音様も大きいですが、それをも上回っています。ほんと大きいです。このときマヤちゃんは、牛久の大仏様までは訪ねていませんが、物語の後半に、とても心に残る場面で、ふたたび牛久の大仏様は登場します。

牛久の大仏様。大仏様のことを知らない人がぱっと見ると、その大きさに度肝をぬかれます。

続いて、マヤちゃんが中学2年の春に3人で出かけた江の島を訪ねてみました。3人が「江の島に渡り、参道の土産物屋をひやかしながら歩いている」と、クマさんは突如姿を消し、「ひょっこり」現れるなり、「人がようやく一人通れるような石畳の路地」に案内します。その先は、「プライベートビーチみたい」な「小さな入り江」となっていると物語にありました。実際に参道を歩いてみて、その路地を探してみました。ありました。参道を進んだ中ほどに。物語に描かれていた通り、「入り江の左端から」堤防が「沖へ突き出」ていました。物語のなかで、最も美しい場面のひとつです。ここで3人が、一生忘れることのできない思い出を作ったのかと思うと、じんとしました。自然と、クマさんの故郷で「光り輝く島」という意味を持つ、スリランカの海が思い浮かんできました。

物語の舞台と思われるプライベートビーチ風の入り江。ちょうど堤防の上で、男女の2人が仲良く手をつないでいました。

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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