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芥川賞候補作品(第165回)を一気読みしてみました……テーマに東日本大震災や同性愛、日常生活のちょっとした違和感

【芥川賞】直木賞と同時に年に2回、1月と7月に芥川賞受賞者の発表があり、そのたびにニュースとして大きく取り上げられています。前もって候補作品を読んでおけば、それまでなんとも思っていなかった発表の日が待ち遠しくなるのではないかと思い、全候補作品を読んでみたのが、第154回(2015年下期)のときで、その回の受賞作は、本谷有希子さんの『異類婚姻譚』と滝口悠生さんの『死んでいない者』でした。以来、回ごとに全候補作品を読み続けています。6月11日に発表となった第165回の候補作もすぐに一気読みしました。候補となった5作品をご紹介します。

石沢麻依『貝に続く場所にて』 「死んだ者」が突然訪ねてきた

主催の公益財団法人日本文学振興会にならって、著者名の50音順に作品を紹介します。

まずは、石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』(群像2021年6月号)です。しょっぱなからインパクトの強い作品の登場となりました。主人公の里美は、いまはドイツ・ゲッティンゲンに留学中の西洋美術史を専攻する大学院生で、かつて仙台の自宅で東日本大震災を経験します。同時に、石巻の自宅にいた同じ大学の後輩の野宮は、行方がわからなくなります。その野宮が里美のもとを訪ねてくるのです。「(前略)犬は相手から近づくのを待っている。彼は野宮が幽霊であることなど気づいていないのだろう。」との描写から、主人公は野宮を「死んだ者」と認識していることがわかります。つまり、幽霊が主要人物として登場する物語なのです。

ゲッティンゲンには、20億分の1の縮尺に合わせて太陽系の惑星を配置した「惑星の小径」というオブジェがあり、それにまつわる不思議な現象が起きるなど、読み進めるにつれ、迷宮に落ちこんでいくような不思議な感覚にとらわれる作品です。

くどうれいん『氷柱(つらら)の声』 10年たった大震災と向き合う

奇しくも、くどうれいんさんの『氷柱(つらら)の声』(群像2021年4月号)も東日本大震災を題材にした作品です。主人公の伊智花は、高校2年のときに故郷の盛岡で東日本大震災を経験します。美術部員だった彼女は、先生に勧められるままに、被災地に向けて贈るための絵を描き、高い評価を得るものの、当事者でない人からの「希望」や「絆」の押し付けに強い違和感を覚えます。ここまでが物語の導入部です。

物語は、伊智花の暮らしの変化に合わせ、その都度、出会う人と東日本大震災との関わりを描くことで進められていきます。たとえば、大学時代に同じアパートに住むことになったトーミは、中学の卒業式の日に、福島のいわきで大震災を経験します。登場人物の1人が、その被災体験を綴ったブログは感動的です。登場人物それぞれの被災経験と向き合うことで、10年たった今、当事者でなかった立場の人として、どうそれと関わっていくべきかを考えさせられます。

高瀬隼子『水たまりで息をする』 夫が風呂に入らなくなって……

高瀬隼子さんの『水たまりで息をする』(すばる2021年3月号)は、日常生活のちょっとした違和感がどんどんとエスカレートしていき、引き返すことができなくなってしまう展開で、前出の『異類婚姻譚』とか、第155回(2016年上期)の受賞作である村田沙耶香さんの『コンビニ人間』に連なる作品かもしれません。主人公の夫が、風呂に入らなくなるのです。

するとどういうことが起きるかは容易に想像できると思います。匂いがきつくなり、一緒に暮らしていく上で弊害となるだけでなく、社会生活でもいろいろな支障をきたしてきます。それでも夫は無邪気なままで、無垢な子どものようにふるまいます。当然、主人公である妻の葛藤は人並みではありません。果たしてこの2人は救われるのでしょうか。ぜひ、一読してその物語の行く末を確かめてみてください。

千葉雅也『オーバーヒート』 同性愛の大学准教授が主人公

千葉雅也さんの『オーバーヒート』(新潮2021年6月号)は、第162回(2019年下期)で候補になった『デッドライン』の続編といった趣の作品です。前作の時代設定は、2000年代初頭、修士論文に追われる同性愛の男性の大学院生が主人公です。「ハッテン場」という言葉をこの小説を読んで初めて知りました。続く、『オーバーヒート』の時代設定は、2018年。同性愛の男性の大学准教授が主人公で、前作の主人公の「その後」というようにとらえることもできます。予断をもたないよう、小説を読む前に、あらすじを読んだりはしません。『オーバーヒート』を読み始め、その冒頭シーンが、主人公と若い彼氏である晴人とのセックス後だったことに、「おぉ、やっぱ、こうきたか」と妙な感動を覚えたものです。

中年に差し掛かった主人公は、自らの体の崩れ方が気になる上に、晴人との関係がどこまで維持できるか、さらには老いて先のことに思いをはせます。すみません。設定はまったく違うのですが、夜の11時台のドラマの井浦新さんとちょっとダブって読んでしまいました。

李琴峰『彼岸花が咲く島』 島の祭司が話す<女語>の秘密とは……

李琴峰さんの『彼岸花が咲く島』(文學界2021年3月号)は、第161回(2019年上期)の『五つ数えれば三日月が』に続いての候補作です。正直、前の候補作は自分にとって印象の薄い作品で、そう心に残っていないのですが、今回の作品は違います。バイタリティーに富んだ作品で、読んでいてどんどん引きこまれていきました。舞台は、日本の南方にあると思しき離れ島で、1人の少女が遭難して流れ着くところから始まります。彼女は、「海の向こうより」来たことから、宇実と名付けられます。物語は、宇実と彼女を助けた島の少女・游娜(よな)と男友だちの拓慈(たつ)の3人を中心に進んでいきます。コンクリートの建物もあり学校もある近代的な一面のある一方で、ノロと呼ばれる女性の祭司によって、いろいろな祭祀が行われる、昔ながらの風習が残っている島が舞台です。

島では、ふだん<ニホン語>という言葉が使われているのですが、ノロになるには、<女語(じょご)>という言葉をマスターしないといけません。この女語が、いま私たちが使っている日本語で書かれていることが不思議に感じられますが、最後まで読むとその謎が解けます。スケールの大きい物語です。

候補作の条件として、雑誌に掲載されたものとあるため、単行本が条件の直木賞候補作品と比べて、入手しづらいのが難点ではありますが、一部、発表前に単行本化されるものもあります。事前にそれらを購入して読んでみられてはどうでしょうか。どれか1作品でも読んでおくと、7月14日の受賞作発表が楽しみになるに違いありません。

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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