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【リゾナーレを唎く】気がつくと、すごいことになっていた日本ワイン。その最前線をリゾナーレ八ヶ岳で識る

「野菜畑」彩り豊かな30種類の野菜

「唎く」と言って、ここほど相応しい施設はそうないだろう。2001年から運営を始め、12年に現在の施設名となった「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」。「ワインリゾート」を独自のコンセプトに掲げ、山梨、長野両県で造られるワインの多彩な魅力に一挙に触れられる。メインダイニングの「OTTO SETTE(オットセッテ)」で供される繊細なイタリア料理もワインと共鳴し、文字通り、両者のマリアージュを満喫できる。ワインラヴァーはもちろん、そうでない人も雄大な自然の中で様々なアクティビティーを通して心身ともにリラックスできる。日本でも希有なリゾート施設が八ヶ岳南麓にあった。

上高地へはプライベートで結構行く。だから、新宿から松本まで中央本線の特急「あずさ」にもよく乗る。もっとも、途中の駅には無頓着だった。新宿から約2時間。JR小淵沢駅に降りると、コンクリートやアスファルトの無彩色になじんだ眼に新緑が優しく染みてくる。北東に八ヶ岳、南西に南アルプスの連峰、そして晴れれば、南東に富士山を望むこともできる。そこから車で約10分。道路際の緑のグラデーションが一瞬途切れ、その合間から、「リゾナーレ八ヶ岳」の特徴的な建物が見えてきた。イタリア出身で世界的に活躍するマリオ・ベリーニがその建築を手がけている。

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イタリアの山岳都市を思わせる非日常の空間に胸が高鳴る

ベリーニらしいエキゾチックな意匠。都心では五反田にある東京デザインセンターも彼のデザインだ

すでに標高約1000メートル。凜として澄みきった外気は高原のそれだ。約7.5ヘクタールの広大な敷地に、イタリア北部・ルッキオ辺りの山岳都市を思わせるエキゾチックな建物が建つ。「ピーマン通り」と呼ばれる全長150メートルのメインストリートを挟むように建つ施設の1階には、宿泊客以外も利用できるカフェや雑貨店など計20店が連なり、その上層階に様々なスタイルの客室を備える。日常から隔絶されたゴージャスな空間。敷地に一歩足を踏み入れた瞬間から、胸が自然に高鳴ってくる。

施設がある山梨県北杜市は長野県境に近く、一帯は日本を代表するワインの銘醸地としても知られる。両県だけで日本ワインの生産量の半分以上を占めるほど。その立地を活かし、「ワインリゾート」として館内の施設や様々なアクティビティーなどを通してワインの魅力に触れられる。実際、アメリカ西海岸やフランス・ボルドー地方など、海外の銘醸地ではこうした施設が整っていることが多い。そう言えば以前、サンフランシスコからワイナリーに向かうため、特別に仕立てられた観光電車に乗ったことがある。車内でソムリエから産地の話を聞きながら、カリフォルニアワインを楽しむという趣向だった。

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日本でもそうしたサービスが可能になるほど、造られるワインの種類が多彩になり、レベルも向上してきたということだろう。18年には日本で造られるワインの表示ルールが定められ、国産ブドウのみを原料とした国内製造ワインは「日本ワイン」とエチケットに表示できるようになった。さらに造り方によって産地名やブドウ品種、そして収穫年も明記でき、地域の特徴をよりアピールしやすくなった。さらにワイン特区が各地で認定され、小さな事業者でもワイン醸造に参入しやすくなり、その味わいも多様化、細分化している。

旬の味覚とワインのペアリングを堪能

実際、知り合いのソムリエによると、新しい造り手がどんどん出てきて、少し目を離していると日本ワインのトレンドを把握するのが難しくなっているのだとか。少量を丁寧に造る醸造所も増え、東京で評判を聞いたときには、すでに売り切れで入手できなかったことも自分自身、何度かあった。そんな人にこそ、「OTTO SETTE」を訪れてほしい。6月27日まで春野菜や山菜など、旬の味覚を堪能できる宿泊者限定の全10品のディナーに合わせ、別料金で日本ワインのペアリングを楽しめるからだ。いずれも山梨、長野県産のワインで、入手困難なものも。ワイン好きならもちろん、味覚や嗅覚に対して知的な好奇心がある人も、このセットで頼まないともったいない気がする。いや、このセットを頼むべきだ。

天井高7メートルのゆったりした空間で食事とワインを楽しめる「OTTO SETTE」

コースの具体的な組み合わせを見てみよう。一皿一皿にテーマがあり、最初は「集い」から。デミタスカップに入った春野菜のミネストローネは優しい味わい。そにに機山洋酒工業(山梨県甲州市)の「キザンスパークリング トラディショナル・ブリュット 2020」を合わせた。良質でリーズナブルなワインの造り手で、これは甲州100%のスパークリング。実は個人的にも愛飲している。シャンパーニュと同じ瓶内2次発酵を経た奥行きのある味わいが饗宴の扉を開いてくれる。

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次は「自然」。イノシシのサルシッチャやタラの芽のフリットなどが4種類の小ぶりな器に盛られて供される。それにはシクロ・ヴィンヤード(長野県東御市)の「パシュートシャルドネ 2020 樽発酵」を。フレンチオークで発酵・熟成させたシャルドネの味わいは複雑で力強いが、料理を選ばない懐の深さも感じさせる。多彩な料理に最適な一本だ。コース料理を1本のワインで通すときにも重宝しそうだ。

21年7月に総料理長に就任した鎌田匡人さん。「野菜のポテンシャルを最大限に引き出す調理法を見極めたい」と話す

続く「野菜畑」は八ヶ岳の野菜畑を表現した「OTTO SETTE」を代表する一皿。「この土地ならではの食材との出会いを提供したい」という総料理長の鎌田匡人さんの思いが詰まっている。アスパラガスやビーツなど30種類の野菜に、アマランサスやタカキビなどの雑穀をナッツ風味のコンディメントと合わせた。パプリカやニンジンのソースも色鮮やか。地場の食材のポテンシャルを引き出す一本は、リュードヴァン(同)の「ソーヴィニヨン・ブラン 2021」。青リンゴのような香りとしっかりした余韻が料理に一層の華やかさを添える。

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地の食材と地のワインの幸福なマリアージュ

「食感」虹鱒と菜の花 ジュニパーベリー

「食感」というタイトルの料理は、低温でじっくり加熱された虹鱒に、甲州味噌を合わせたザバイオーネソースを添えた温前菜。スパイシーな香りのジュニパーベリーで軽く燻製してあり、その燻煙をガラスの器に閉じ込めた状態で食卓に出される。スナックのようにパリッとしたニジマスの皮と菜の花を付け合わせ、タイトル通り、「食感」の違いを楽しめる。それに合わせたのは、ラトリエ・ド・ボー・ペイサージュ(山梨県北杜市)の「ツガネ・ラ・モンターニュ2020」。標高800メートルの畑で化学肥料や除草剤、殺虫剤を使わず栽培したメルローから造られたワインは、海外のワイン通の間でも「日本らしさを感じさせる」と評判で、手に入れるのが難しいのだとか。地の食材と繊細な地のワインが合わないわけがない。

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「芽吹き」は山菜のスパゲッティーニ。よく見ると、つぶ貝も入っている。山菜の苦みに、老舗ワイナリー、ルミエール(山梨県笛吹市)の「光甲州 2019」が合う。20か月前後、樽熟成させ、ローストしたナッツのようなワインの香りが料理の魅力を立体的に引き立てる。パスタが続く。「八ヶ岳の恵み」と題した料理は鹿肉のパッパルデッレ。きしめんのような幅広のパスタと濃厚なラグーソースの組み合わせはトスカーナ料理を思い出させる。それにザラリとした食感のグラナパダーノを振りかけて。そうなるとしっかりした骨格の赤が飲みたくなる。出されたのは丸藤葡萄酒工業(山梨県甲州市)のプレミアムワイン「ドメーヌ・ルバイヤート 2018」。プティヴェルド、メルロー、そしてタナの3品種をアッサンブラージュした複雑な味わいのワインはパスタの風味を引き立てる、もう一つのソースのよう。

繊細さを邪魔せず、料理の旨みを引き出す白ワイン

「湧水と大地」岩魚のグリル ふきのとう 紫蘇の風味

ここからがメイン料理になる。「湧水と大地」というテーマの料理は岩魚のグリル。ふっくらと焼き上げた岩魚に、その出汁を泡状にしたソースとフキノトウのピューレと合わせた。付け合わせに蕪を添え、オリーブとアンチョビのパウダーや紫蘇の香りがアクセントになっている。自分ならどのようなワインを合わせるか。料理の繊細さを邪魔したくない。そんなことを思っていると、ファンキー・シャトー(長野県青木村)の「ストラトゥ・キャッセ 2019」が出てきた。自社栽培のセミヨンから造られた無濾過、無清澄のワインが岩魚の優しい旨みを引き出す。

「春の息吹」牛肉のロースト グリンピースのピューレと筍

「春の息吹」と題した牛肉のローストには、グリルしたタケノコを付け合わせた。グリンピースのピューレとエストラゴンを加えたコンソメのソースが牛肉の滋味を引き立てる。この料理に合わせる赤ワインは何か? 公式通りではつまらない。そこで出てきたのが、『マリ・クレール・デジタル』でも連載してもらっている三澤彩奈さんが栽培醸造責任者を務める中央葡萄酒(山梨県甲州市)の「あけの 2019」。メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、そしてプティ・ヴェルドをアッサンブラージュし、「風景の見えるワイン」を目指したという。恐らく飲み頃はもう少し後だと思うが、フレンチオークで17か月貯蔵したワインは料理と互角の力強さを備えながら、何とも優しい味わい。ボルドーともカリフォルニアとも違う、日本のワイン。客の期待を軽々と超えてみせるソムリエ、長久保正邦さんの選択眼に恐れ入った。彼が教えてくれる造り手のエピソードもペアリングを試す際の貴重な潤滑剤になっている。

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「造り手から直接話を聞くようにしています」と話すソムリエの長久保正邦さん。そのときのエピソードが食卓に華を添える

メリンガータには華やかな香りのロゼを合わせて

デザートは「濃密」をテーマにしたエスプレッソ風味のマスカルポーネ、それに「爽快」と題した苺とクレソンのメリンガータが続いた。メリンガータはイタリアのメレンゲを使ったデザート。これにもペアリングされたワインが出された。奥野田ワイナリー(山梨県甲州市)の「ラ・フロレット ローズ・ロゼ 2021」。地元で収穫された黒ブドウのミルズやデラウエアを軽く発酵させたやや甘口のロゼワインで、バラやライチの香りが食事の最後を華やかに締めくくってくれた。

ワイン尽くしの滞在をメゾネットのスイートで

ボルドーレッドのグラデーションに染まったワインスイートメゾネット
ワインスイートメゾネットに備えられたセラーには「ドメーヌ ミエ・イケノ」の客室限定のハーフボトルも

文字通りのワイン尽くし。しかし、それだけに留まらない。「ワインスイートメゾネット」という心ゆくまでワインを堪能できる客室も3室あるのだ。メゾネット形式の1階部分は八ヶ岳連峰が壁全面に描かれた寝室。2階に上がるとソムリエが厳選した日本ワインを収納したセラーを備え、ワインや旅に関する書籍もそろえてある。セラーのワインは自由に飲めるが、有料なので念のため。ボルドーレッドに染め上げられたインテリアは「クライン・ダイサム・アーキテクツ」が手がけている。

24種類の日本ワインを25㍉・㍑の少量から試せる八ヶ岳ワインハウス

まだある。施設内のワインショップ「八ヶ岳ワインハウス」では、厳選したワイン24種類をそろえ、温度管理されたサーバーから有料でテイスティングすることができる。さらに7月から2か月間、提携ワイナリーの「ドメーヌ ミエ・イケノ」(山梨県北杜市)の希少なワインを堪能できる1泊2日の宿泊プラン「ドメーヌ ミエ・イケノ 究極のワインステイ~夏~」も提供される。

日本ワインの最前線を体感できるエピセンター

今回の滞在で、山梨、長野両県のワインの多彩さ、豊かさの一端に触れることができた。もっとも、ここ以外にもワイン産地は広がっている。北海道、山形、島根そして熊本……。各地で独自の進化を遂げているのだとしたら。日本ワインは、やはりとてつもないことになっていた。「リゾナーレ八ヶ岳」は、その最前線を体感できるワインラヴァーのためのエピセンターと言ってもいいかもしれない。精魂のこもった料理とテロワールの刻印されたワインが奏でる幸福なハーモニーに五感を駆使して聴き入る悦びをあなたも是非!

お問い合わせ先

「OTTO SETTE」春限定のディナーコース概要
■期間:~6月27日
■料金:1名12,100円(税・サービス料込)
■ペアリング料金:1名9,500円(税・サービス料込)
■営業時間:17:30~20:15(ラストオーダー)
■対象:宿泊者
■予約:TEL 0551-36-5200(9:00~19:00)
■備考:食材の入荷状況により、料理やワインが変更となる場合があります。


星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳
■所在地:〒408-0044 山梨県北杜市小淵沢町129-1
■電話:0570-073-055(リゾナーレ予約センター)
■客室数:172室・チェックイン:15:00/チェックアウト:12:00
■料金:1泊24,000円~(2名1室利用時1名あたり、税・サービス料込、朝食付)
■アクセス:JR小淵沢駅から車で約5分(無料送迎バスあり)
■URL:https://risonare.com/yatsugatake/

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。2009年に北海道から九州まで日本を縦断する形でワイン産地を巡って、読売新聞で「日本ワインの挑戦」なる酔狂な連載をしたことがある。当時は日本在来のブドウ品種「甲州」が注目され、海外でも話題になり始めた日本ワインの動向を紹介するのが目的だった。その際、問題になったのが「日本らしさ」ということ。「甲州」から造ったワインならわかりやすい。しかし、カベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネといった海外由来の品種から造ったワインでいかに独自色を出せるのか。今回の滞在を通して意欲的な造り手がこの難題に挑み、着実な成果を上げ始めていることを実感することができた。

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