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ヤマザキマリさんの「自由を選んだ人生」 大師匠は愛猫のベレン 

人生100年時代と言われる昨今、働き方や家族のあり方、学び方など生き方そのものが多様に変化してきている。人生の転機をチャンスに変えた人たちは、次のステップをどう踏み出したのだろう?

日本とイタリアを行き来し、漫画家、文筆家、画家など多彩な才能で活躍し続けるヤマザキマリさんの著書『猫がいれば、そこが我が家』(河出書房新社)が、この秋に出版された。愛猫ベレンを「地球上で生きる生体としての大師匠でもある」というヤマザキさんの生活は猫が中心だという。そんな彼女の生き方を垣間見る。

一緒に暮らしたしるし

ヤマザキマリさんが初の猫エッセイ『猫がいれば、そこが我が家』を出したきっかけは、NHKの番組に愛猫のベレンが出演したことだった。ちなみに、ベレンの血統書上の名前は「クレオパトラ」で、通称は「マミ」。ヒット作『テルマエ・ロマエ』の連載がスタートした頃に迎えた。ヤマザキさんいわく、「うちの猫はかなり変」。

『猫がいれば、そこが我が家』(河出書房新社)

「番組に出ていた他の作家さんは、猫たちに支えられるかたちで創作ができるというものになっているのですが、うちの猫は臆病で人見知りで、私のひざの上にも乗りません。生まれはポルトガルなんですけど、その後アメリカ、イタリア、それから日本という具合に世界を移動してきたんです。猫という生き物が普通はしなくてもいいような経験をさせてしまったので、敬いはもちろんですが、どこか申し訳ないという気持ちも本にはつづられています」

本書のなかではベレンはもちろん、今まで一緒に暮らしてきた猫とのことや家族のこと、ヤマザキさんのたどってきた人生についても書かれており、エッセイとシンクロするように、フォトグラファーである息子の山崎デルスさんが撮影したベレンのさまざまな写真が差し込まれている。

「ベレンはまだ生きていますが、彼女に対する愛情が写真に込められていることで『同じ時期に命をもらい、一緒に暮らしたしるし』という意味では、いい記念になるなと思いました。勝手知った息子が撮影しているので、人見知りのベレンがいかめしい顔にならなかったのもよかったですね」

14歳で単身ヨーロッパへ

nextstage ヤマザキマリ4

ベレンが世界移動をしているということは、もちろんヤマザキさんはそれ以上にだ。そんな彼女の人生には、いくつもの心をゆさぶられる出来事があっただろう。そのなかでも、大きな転機はいつだったかと尋ねてみた。

「14歳の時にヨーロッパを1ヶ月間一人旅した経験は、その後の自分に大きな影響を与えた出来事でした。当時の私には、絵描きになりたいという願望があったのですが、進路指導の先生には『趣味でやれ』と、はなからバカにされました。でも音楽家の母は、経済生産性がなかろうと、芸術が人間社会にとって必須なものとして捉えられ続けてきたヨーロッパへ行ってこい、ということだったのでしょう。

実際に欧州の美術館を巡って痛感したのは、母の言う通り、芸術はたとえ経済生産性がなくても人間にとって不可欠なものだということです。貧乏するかもしれない、苦労するかもしれない、それが前提でもやはり絵の道に行こう、という決意がそこで固まったんだと思います。もともと集団に属した生き方が苦手だったし、普通の家と違って働くシングルマザーに育てられたため、何かをあてにするでもなく、孤独だけれど自由な生き方というのが自分には向いていたんです」

ヤマザキさんの考える自由とは、解放と同時に孤独と向き合うこと。とはいえ、自分は結局一人きりなのだという寂しさは、人間にとって必須な感情だと感じているという。

比較のしようもない環境だった

忙しい音楽家の母をもち、一般家庭と比べて母親と接する時間が圧倒的に少なかった。父は他界している。ヤマザキさんは毎日、妹と留守番をし、家族のいる子供が感じることのない孤独と寂しさをずっと感じてきた。

「でもその孤独とうまく付き合う工夫として、たくさん本を読んだり、絵を描いたり、昆虫採集にも懸命になれた。寂しさを補うための表現手段や文化的吸収率が、他の人よりも貪欲になっていくわけですね。おなかの空腹感を満たすように、心の寂しさをそうした行動によって満たしていく。それが、14歳での一人旅だったり、その後の私の人生をつかさどる基軸になりました。孤独や寂しさは人間として避けてはいけない感覚のひとつだと思います」

人生で起こるトラブルや思いがけない苦労などがあったとき、ヤマザキさんならどう考えて、どう乗り越えていくのだろう。

「乗り越えてる意識なんてありません、ただまあ、人の生き方なんてこんなもんだろうと思って前に進んでいるだけです。『人生はもっと幸せであるべき、こうあるべき』といった理想や考えに縛られないのは楽です。妄想や期待は抱いてもいいけど、そうならなかった場合の対処もしっかり心得ておかないと。予定調和がことごとく意味をなさない生き方をしてきたことは、私の強みです」

どんなことが起きても「こんなもんなのか」と対峙(たいじ)してきた。そして「処理できる能力が人間の中にはあり、使いこなせてきたことがよかった」とも言う。

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関連情報
  • 猫がいれば、そこが我が家
    著者:ヤマザキマリ
    発行:河出書房新社
    単行本:200ページ
    価格:1,485円(税込み)
    Amzon:https://amzn.asia/d/7IIg2SX

Profile

ヤマザキマリ

漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞メディア芸術新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)、『ヴィオラ母さん』『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』など。

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