わけあってテンション低めです
当時のなめし革の手袋は人尿でなめすことが多かったので、匂い消しのために香水を染み込ませる習慣があったが、その香水もルネが作っていた。フランスにはまだ調香師というものが誕生していなかったからである。

宗教戦争で国論が二分され深刻な対立が起こったとき、カトリーヌ・ド・メディシスは政敵を亡き者にするため、メディチ家の伝統であった毒殺に訴えたが、そのときに利用されたのがこの手袋だった。というのも、高級手袋と香水を一手販売していたルネは、カトリーヌがそのために連れてきた毒薬の調合師でもあったからである。
のちのアンリ四世の母ジャンヌ・ダルブレもカトリーヌから贈られた手袋の遅効性の毒で殺されたという噂が流れたほどである。

だが衣服の流行というのは恐ろしいもので、こんな事件があってもフランスの宮廷では手袋はいっこうにすたれなかった。流行は善悪どころか恐怖心さえ超越しているのである。
【グリの追伸】飼い主が一週間、パリに行っていましたので、ひたすらお留守番してました。ひどいじゃないかと、思い切り、恨んでやりました。

photos by Shigeru Kashima
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鹿島茂