×

フランスとアルゼンチンの意外な関係【鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」】

イラスト◎岸リューリ

フランスに吉と出た「発明」

しかし、この毛糸が大量に作られ、一般民衆の手にも入るようになったのは、魯庵がこの証言をした明治12、3年(1879、80)よりも大幅にさかのぼることはない。

なぜかといえば、19世紀の前半には産業革命の成果はもっぱら綿織物に向けられ、毛織物は旧態依然の手工業にとどまっていたからである。

原因は、刈り取った羊の毛の脂肪を取り除く脱脂の工程と、梳毛(そもう)の工程がなかなか機械化できないことにあった。そのため、毛糸も毛織物も中流以上の人間が着る高級衣料で、民衆は冬でも綿織物で我慢するほかはなかった。

ところが、1860年代に大きな変化が起こる。南北戦争の結果、綿がヨーロッパに入ってこなくなったので、産業界は毛織物の機械化を促進せざるをえなくなり、新発明が続々と現われたのである。

この傾向は、18世紀の七年戦争で綿の産地の植民地を失ったために毛織物工業にシフトしていたフランスにとりわけ吉と出た。

しかし、その半面、フランスの毛織物業は大きな問題に直面していた。国内の羊毛の供給源が枯渇していたのだ。民衆の肉食化が進み、羊は毛を刈るよりも、肉にして売ったほうが儲かると考える牧羊農家がふえていたからだ。

そこで、フランスは、南米とくにアルゼンチンを羊毛の大量供給地として開発し、その後も小麦や牛肉の輸入先として関係を深めてゆくこととなる。

2003年に運航廃止になるまで、エールフランスによるコンコルドの定期航路2つのうちの1つがパリ─ブエノスアイレスであったのはいかにも象徴的である。

【グリの追伸】寒くなってきました。体を丸めても寒いですね。早く暖房をいれてくれないかなあ。

シャルトリュー グリ 鹿島茂 猫
こちらにも羊毛プリーズ!!

【関連記事】明るさを求める日本人、暗さを好むフランス人
【関連記事】墓参りには「菊の鉢植え」がフランス流

Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専門は19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

リンクを
コピーしました