×

【what to do】札幌で満喫した紅葉に、同じ時期の東京でどうすれば出会えるか?

この鮮やかな紅葉はどこ? 答えを知りたい人は本文のご一読を(10月30日、撮影・高橋直彦)

”what to do”は知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。今回は、紅葉を思いっきり堪能してみたい。10月末、仕事で出かけた札幌で街路を染める暖色のグラデーションの美しさに圧倒されてきたばかり。「東京でもあの階調を」と探してみたが、本格的な紅葉にはまだ早い。ならば、どうする?

10月末、2泊3日で札幌に出張した。北海道大学で学部生と大学院生に報道の実務を伝えてほしいとの依頼。柄にもないと躊躇をしたが、久々の国内旅行に釣られて引き受けた。それに現地で会いたい人もいる。公私合わせて十数回は北海道を訪れているが、この時期の札幌は初めて。北大も学生の時以来の再訪だ。

【関連記事】京都嵐山の紅葉の穴場で、老舗「平野屋」の名物を味わう【町家宿おかみの、たびする京都くらす京都。】

東西約380メートルにわたる70本の銀杏並木は黄葉真っ盛り。観光客の安全確保のため、警備員が目を光らせていた(10月30日、撮影・高橋直彦)

黄色、オレンジ、赤……。紅葉で燃え立つキャンパス

羽田を早朝に飛び立ち、新千歳空港から札幌へ電車で向かい、JR札幌駅北口から歩いて約7分。黄色、オレンジ、そして赤……。北大のキャンパスは紅葉で燃え立っていた。落葉樹に茂る葉が緑から赤や黄色に変わるだけのことなのに、どうしてこんなに感動するのだろう。

オレンジ、黄色、茶色、そして緑……。紅葉した木々がキャンパスを鮮やかに染め上げていく(10月30日、撮影・高橋直彦)

地元の人たちは当たり前のようにキャンパスを往来しているが、こちらにとっては、くすんだ緑が主調の東京暮らしから、突然開けた錦秋の別世界。思いがけなかっただけに、景観の美しさに気持ちがなかなか追いつかない。

「BOYS, BE AMBITIOUS」とクラーク博士が右手で指さしながら丘の上に立つ姿を勝手に想像していたが、北大のクラーク像は胸像だった(10月30日、撮影・高橋直彦)

札幌を代表する観光地でもある北大構内の美しさ

しかも、大都市のど真ん中。高尾山や日光、そして高雄での紅葉狩りとは訳が違う。高層ビルに囲まれた広大なキャンパス(東京ドーム約38個分の広さ!)で紅葉が盛りを迎えているのだ。札幌を代表する観光地にもなっているようで、キャンパスのあちこちにガイドマップを置いてあり、それを手にして自由に散策することができる。

総合博物館では北大の歴史や最新の研究成果を紹介。個人的には「ムラージュ」という医学標本の展示に釘付けになった(10月30日、撮影・高橋直彦)
札幌農学校第2農場は、クラーク博士が構想し、北海道初の畜産経営の農場として1876年に開設(10月30日、撮影・高橋直彦)

大自然の中に見つけた現代建築に癒やされる

キャンパス内には一般の人も利用できるカフェや学食、そしてコンビニなどがあり、生協ではお土産用のお菓子なども買える。1929年創建の旧北海道帝国大学理学部本館をリノベーションした総合博物館や、重要文化財に指定されている札幌農学校第2農場などへの入場は無料だし、優に一日は過ごせる。実際今回、自分もそうした。

北大工学部建築都市デザイン・スタジオのようなモダンな建物をキャンパスで見かけると、なぜかホッとする(10月30日、撮影・高橋直彦)
まさに暖色系のグラデーションが樹木を覆う(10月30日、撮影・高橋直彦)

個人的に建物好きなので、キャンパスに点在する明治時代以降の近代建築はもちろん、北大名誉教授の小林英嗣氏と北海道日建設計がデザインした北大工学部建築都市デザイン・スタジオ(2009年)のモダンな建築が紅葉に覆われる様にも感動した。ピロティ構造で2階が全面ガラス張りの製図室になっていて、夜になると光の大きな箱が空中に浮かび上がっているよう。

ここまで来たら、レイモンドの建築も見ておきたい

さらにキャンパスから歩いて行ける場所に、アントニン・レイモンドによる木造モダニズム建築の傑作、札幌聖ミカエル教会(1960年)もある。ノエミ夫人による和紙を重ね張りした窓や調度品は必見だ。キャンパスの南門を出て、南へ10数分歩けば、北大植物園もある。

「自然は人工よりはるかに美しい、簡素と軽快は複雑な物より美しい、節約は浪費より美しい」。レイモンドの美学が反映されている札幌聖ミカエル教会(10月30日、撮影・高橋直彦)
刻々と変化する光の下で、教会内部の空間も様々な表情を見せる(10月30日、撮影・高橋直彦)

この季節の北大の美しさは日本のキャンパスでも有数だろう。海外の大学事情に詳しいわけではないが、国際的に見ても結構いいレベルなのではないか。都心の狭いキャンパスで殺伐とした学生生活を送った身としては、この環境で学べる北大の学生がうらやましい。

北大のキャンパスに散った落ち葉。ジャクソン・ポロックの絵もこの巧まざる美しさには適わないかも(10月30日、撮影・高橋直彦)

東京の都心で出会った不思議な紅葉

とはいえ、今さら受験勉強して入れる学力も若さもなく、しかたなく東京に戻ってくると、やはり紅葉にはまだ早く、くすんだままの緑の街路を見上げる日々。そんな時、極彩色の景色の中で秋の訪れを主張する紅葉と都心で不意に出会ったのだ。根津美術館で始まった重要文化財指定記念特別展「鈴木其一・夏秋渓流図屏風」。其一(1796~1858年)は江戸琳派の祖とされる酒井抱一の高弟で、この作品が2020年に重要文化財に指定されたのを記念して特別展が開かれた。意外だが、其一の作品としては初の重文指定だという。江戸時代に描かれた6曲1双の極彩色の屏風絵で、左隻中央に桜紅葉が描かれている。

重要文化財 夏秋渓流図屏風(右隻) 鈴木其一筆 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵
重要文化財 夏秋渓流図屏風(左隻) 鈴木其一筆 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵

同館所蔵のこの屏風絵は人気者で、これまでも琳派や「奇想」をテーマにした他館の企画展に貸し出され、度々目にしている。実際、ちょっと変わった絵なのだ。真っ青な渓流には金色の細い線が幾筋も走り、緑の土坡は今にも溶け落ちそう。点苔があり得ないところにまで貼り付き、リアルで大きすぎる山百合と対照的に熊笹は極端に単純化されている。右隻右から3扇目の檜にはなぜか真横から描かれた蝉が止まっている。

これまで「変だなあ」と思いながら見つめていたが、北大の紅葉に圧倒されたばかりだったので、其一の描く桜紅葉に目が留まった。もっとも、秋らしさを強調するなら、同展で展示されている抱一の「青楓朱楓図屏風」のように真っ赤に染まった楓を描けばいいのに……。どうして落葉してまばらな桜紅葉なのか。やっぱり、この絵は変わっている。でも、素晴らしい。

同展では、抱一や光琳といった琳派に加え、円山応挙、谷文晁、そして狩野派など、其一が参照して影響を受けたと思われる作品を展示しながら、「夏秋渓流図屏風」の成り立ちを解明している。担当したキュレーターの洞察力と資料を博捜する能力が遺憾なく発揮された好企画。謎解きをするように展示を楽しみながら、作品の中に紅葉を見いだすのもいいだろう。

起伏に富んだ日本庭園の魅力はこれからが本番

そして同館で楽しみなのは美術館に続く、起伏に富んだ日本庭園の散策。広さが約1万7000平方メートルもあって、時間に余裕がないと、展示だけ観て帰ってしまうが、これからの季節、散策なしではもったいない。うっすらと始まっている紅葉(11月初旬現在)が、11月末にピークを迎えるからだ。同館のホームページでは庭の様子を写真で随時紹介しており、観覧の参考になる。過去の様子を写真で見せてもらったが、圧巻! 北大の紅葉も鷹揚としていてよかったが、根津美術館の紅葉は隅々まで手入れが行き届き、洗練されている。しかも、その庭が東京メトロ表参道駅A5出口から歩いて8分の都心にある。東京の街中でも紅葉は十分楽しめるのだ。

根津美術館から借りた過去の紅葉の写真。同館エントランスホールから庭園を臨む。最新の紅葉の様子は同館のHPで確認を!

個人的には、12月7日以降に同館を再訪するつもり。庭園の紅葉は盛りを過ぎているかも知れないが、その日から抱一の「夏秋草図屏風」(重要文化財、東京国立博物館蔵)が展示されるからだ。この作品の野分きに吹かれる秋草と、其一の桜紅葉を一か所で見比べられる贅沢さといったら! 自然の微妙な変化にも敏感に反応してきた『マリ・クレール』のフォロワーにこそ晩秋の華やかさを全身で感じてもらいたい。

根津美術館の敷地にも桜紅葉が。所々、色づき始めていた(11月10日、撮影・高橋直彦)
お問い合わせ先

北海道大学
札幌市北区北8条西5丁目
TEL: 011-716-2111
HP: https://www.hokudai.ac.jp/

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園
札幌市中央区北3条西8丁目
TEL: 011-221-0066
HP: https://www.hokudai.ac.jp/fsc/bg/


日本聖公会 札幌聖ミカエル教会
札幌市東区北19条東3丁目4-5
TEL: 011-721-2446

重要文化財指定記念特別展 鈴木其一・夏秋渓流図屏風
根津美術館
東京都港区南青山6-5-1
会期: ~12月19日(日)
TEL: 03-3400-2536
HP: https://www.nezu-muse.or.jp

関連情報

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。趣味は渓流での毛鉤釣り。そのために北海道を何度か訪れた。「イトウ」というサケ科の大型魚を釣るために道東を中心に通ったが、釣り上げたことはない。絶滅も危惧されている幻の魚で、釣ることは早々と諦め、地元の水族館で悠然と泳ぐ姿を眺めて満足するようにしている。

リンクを
コピーしました