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【what to do】藤井保と瀧本幹也によるふたり展。東京・恵比寿3丁目で、写真を通して重ねた対話に瞳を凝らす

知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。その時々のトピックを取り上げて紹介する。今回はMA2 Galleryで開催中の「藤井保 瀧本幹也 往復書簡 その先へ」展。師弟という関係を超え、写真による対話から生まれた展覧会が私たちに静かに語りかけてくることとは?

奥付を見ると「2005年5月9日」とあるから、16年も前のことになる。今はなくなってしまった東京・六本木の書店で、アクリルケースに入った2冊組の大判の写真集をタイトルに引かれて手に取った。『BAUHAUS DESSAU∴MIKIYA TAKIMOTO』。ドイツのデッサウで世界遺産にもなっているバウハウスを撮影した写真集だ。もっとも、ヴァルター・グロピウスの手がけたモダニズムの傑作とされる校舎の全景をとらえた写真はなく、校舎内にあるラジエターのノブやドアの取っ手、そして室内の壁面をアップで捉えた写真が並ぶ。
「こんなに不思議な作品を撮影するって、どんな人だろう」という個人的な関心(感心?)から「瀧本幹也」という名を刻んだ。以来、活躍はご存じの通り。意欲的な写真集の出版や個展の開催が相次ぎ、是枝裕和監督の『そして父になる』(2013年)などの映画で撮影監督も務める。この夏の東京五輪の開会式では映像の一部も手がけたという。

写真家の人生を変えた一枚の写真

「その先の日本へ。」のキャンペーン写真(1992年)。東北の奇跡のような光景が広がる photo by tamotsu fujii

そんな瀧本の師匠筋に当たるのが藤井保だ。藤井が1949年生まれ。瀧本が74年生まれ。年の差25と親子ほどの隔たりがある。藤井が92年に発表したJR東日本の広告キャンペーン「その先の日本へ。」の写真に感じ入り、18歳だった瀧本は藤井のアシスタントになる。宮城県気仙沼市のJR駅長が煙る海を見つめるという幻想的な写真。人と海しか写っていないが、じっと見つめていると様々なことを語りかけてくる。もっとも、饒舌ではなく、訥々と。東北弁によるポリフォニーが聞こえてくるようだ。

師弟という関係を超えて、表現者として信頼し合う

TAMOTSU FUJII photo by mikiya takimoto
MIKIYA TAKIMOTO photo by tamotsu fujii

TUGBOAT代表で2020年7月に63歳で亡くなった岡康道の業績を紹介する追悼展が21年10月下旬、東京・南青山のスパイラルで開かれていて、当時のJR東日本のキャンペーンCMを偶然見て、そのクオリティーの高さに驚いたばかり。そんなこともあって、今展の会場に入って最初に展示されている藤井による気仙沼の写真を見て、「あっ」と息を飲んだ。

写真で「韻」を踏みながらコミュニケーションを重ねる

MA2 Galleryのオーナーもその写真に魅せられた一人だ。ギャラリーを開設する前から個展開催を依頼するために藤井の事務所を訪ねたほど。そんな縁から、オーナーは藤井を通して瀧本を知り、今回の初となるふたり展につながった。「2人の関係がとってもいい。師弟という上下関係を超え、表現者として信頼し合い、絶妙にフラットな関係を展覧会という形でお見せできたら」とはオーナーによる今展のための口上だ。

FOGGY ISLAND OSHIMA I(2016) photo by tamotsu fujii
SNOW MOUNTAIN#05(2020) photo by mikiya takimoto

で、どうしたのか? 2人での展示の方向性を探るやりとりを、写真を主とした往復書簡という形式で準備していった。写真を添付したメールでのやりとりは、2019年6月26日から21年8月19日まで続く。内容は日常で感じた些細なことや写真についての思いなどが綴られ、iPhoneなどで撮影された未発表の写真なども添付される。これらの対話の記録は、展覧会名と同じタイトルで書籍にもまとめられ、11月8日に刊行される。30年近い親交があるのに、慣れすぎず、お互いへのリスペクトがあって、読んでいて清々しい気持ちになる美しい一冊。ブックデザインを葛西薫が手がけている。

FLEUR#20(2021) photo by mikiya takimoto

もっとも、やりとりの始まった時には想像できなかった新型コロナウイルスの感染拡大が2人にも大きな影響を与えた。展覧会は延期となり、藤井は21年、島根県に移住。国内外を慌ただしく飛び回っていた瀧本も自らと向き合って創作を見つめ直し、京都の寺院を訪ねては路傍に自生する植物を撮影するように。コロナ禍で開催されたオリンピック・パラリンピックに対する思いを異にしながらも、展覧会で伝えるべき思いを真摯に伝え合った。

添えられている写真もいい。例えば、藤井が台湾の金門島で撮影した民俗衣装姿の女性2人の写真を添付すると、瀧本がワシントン記念塔を背景に写した2人の少女の写真で返す。衣装の色もフューシャで「韻」を踏んでいる。「往復書簡」というよりは、写真による「連歌」か「連詩」のような詩的な雰囲気を纏っているのだ。

何事にも動じない雄大な自然を切り取って見せる

1階では瀧本のライカM3(左)と藤井のハッセルブラッド500EL/Mがガラス板を通して向き合う。ガラス板には感染予防のアクリルボードのメタファーも photo by mikiya takimoto

ギャラリーの展示ではそうしたやりとりから生まれた作品を展示。4層に分かれた空間を有効に使いながら、場面を転換していく。1階では、2人の出会いのきっかけとなった「その先の日本へ。」から始まる。世界中で両者が撮影してきた大自然を切り取った作品を見せる。コロナ禍に翻弄される社会とは対照的に、何事にも動じない自然の存在感に圧倒される。2階では、今だからこそ伝えたいメッセージを込めた写真が繰り広げられる。瀧本が手がけた和紙を使った光のオブジェも見逃せない。

瀧本がデザインした光のオブジェ。和紙を通して底辺に淡いオレンジの光が灯る photo by mikiya takimoto

2人のインスタント写真を一つのフレームに収めた作品も

3・4 階は、今回の展覧会のためだけに、2人が選んだインスタント写真を一つのフレームの中に組み合せた作品と、往復書簡のやり取りから生まれた組み写真で構成。藤井は、今展のために 半世紀にわたる自分の作品を見つめ直しながら展示作品を選び、瀧本幹也はそれに呼応するように新作を含む写真で対話を重ねた。

4層部分では2人がそれぞれ撮影したインスタント写真が1枚のフレームに収まる photo by mikiya takimoto

個人的には、インスタント写真を組み合わせた作品が欲しくなった。一点物だが、他の作品に比べてリーズナブルだ。「作品保護のために、照明を暗くしています」という美術館の掲示にげんなりすることもあって、時と共に色褪せていく写真の経年変化も楽しめそう。写真は見るだけのものではない。展示によって作者の様々な声が聞こえてくることもある。千葉学がデザインした開放的な空間で作品に眼を凝らすだけではなく、耳も澄ますことで作者の思いを掬い取りたい。
ちなみに、MA2 Galleryから歩いて数分の所にあるOFS galleryで開かれている「photography & us #002」展でも、市橋織江、藤田一浩と共に、藤井と瀧本が参加している。(文中敬称略)

交差点角に建つMA2 Gallery。夜になると光る窓が暗闇に浮遊しているよう。これで電線が地中化されていれば……(撮影・高橋直彦)

お問い合わせ先

藤井保 瀧本幹也 往復書簡 その先へ
会期: 〜11月28日(日)
場所: エムエーツーギャラリー(MA2 Gallery) 東京都渋谷区恵比寿3-3-8
時間: 13:00〜19:00、水〜日曜開廊、火曜はアポイント制
電話: 03-3444-1133
HP: http://www.ma2gallery.com/

書籍『藤井保 瀧本幹也 往復書簡 その先へ』
発売日: 11月8日(月)
発行元: グラフィック社
定価:¥2,530
*展示作品と収録作品は一部異なります。


photography & us #002
会期: ~11月28日(日)
場所: OFS gallery 東京都港区白金5-12-21(OUR FAVOURITE SHOP内)
時間: 12:00~19:00、月~水曜休廊
電話: 03-6677-0575
HP: http://www.ofs.tokyo

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Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。実は、MA2 Galleryとはご近所。これまでも家族に内緒で小品を買ったことがある。展示を拝見して「今回も」と密かに思っているのだが、果たして……。

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