×

【what to do】 この秋、観たい美術展。なぜか女性アーティストのものばかり

身体、ジェンダーとセクシュアリティ、自然、エコロジーを主題とした作品で構成されたピピロッティ展。日本で開かれる大規模な個展は13年ぶりだという

何か面白いことが起きていないか、知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。その時々の旬のトピックを取り上げて紹介する。今回は女性アーティストに注目。もっとも「女性だから」選ぶのではなく、この秋、観ておきたい企画展をリストアップしていたら、たまたま女性アーティストの手がけたものばかりに。しかし、どうして?

10月初めの週末、水戸芸術館現代美術ギャラリーへスイス出身のピピロッティ・リストの個展を久々見に行って、実は少し戸惑った。20歳代と思しきカップルや女性同士の観客が多く、スマホで盛んに撮影しながら、リラックスして展示を楽しんでいたからだ。いいことではないか。それなのになぜ、戸惑わなければならないのか?

ユーモアも感じさせるフェミニズムの記念碑的作品

彼女の作品に初めて触れたのは、1999年の京都国立近代美術館だったと思う。友人たちと、京都へ和菓子巡りの酔狂な旅に出かけ、そのついで(失礼!)に同館で開かれていた「身体の夢:ファッションOR見えないコルセット」というタイトルの意欲的な企画展を観た。そこで流されていたのが彼女の「永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に」(1997年)というヴィデオインスタレーション。赤い靴を履き、水色のワンピース姿の女性が、クニフォフィアの花の形をしたハンマーで、車の窓ガラスを楽しそうに叩き割っていく様子をスローモーションで映し出す。自動車に象徴される男性的な社会を、花の棒で打ち破る女性。その傍らを女性警官が笑顔で敬礼しながら通り過ぎていく。1997年ヴェネツィア・ビエンナーレで若手作家優秀賞を受賞したフェミニズムの記念碑的作品だ。

《永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に》1997年
2チャンネル・ヴィデオ・インスタレーション(コーナー・プロジェクション、オーバーラップ)、サウンド
京都国立近代美術館蔵
展示風景:「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island―あなたの眼はわたしの島」水戸芸術館現代美術ギャラリー、2021年
撮影:川村麻純
© Pipilotti Rist, All images courtesy the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine

そんなイメージがあったから、「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼は私の島-」と題した今回の展示も、フェミニズムを主調とし、ピーンと張り詰めた雰囲気を想像していた。ところが会場に入ってすぐ、勝手な思い込みをいい意味で裏切られた。壁に投影されたヴィデオ・インスタレーションを床に寝転んで自由に鑑賞するスタイル。「肩から力を抜いて」という作家のメッセージが込められているかのよう。その雰囲気に徐々に慣れていくと、展示空間が何とも心地よく感じられる。

観客はベッドに寝そべって天井の動画を鑑賞

「4階から穏やかさに向かって」(2016年)というインスタレーションは、観客がベッドに寝転がって、天井に投影されたモネの「睡蓮」を水面の下側から見たような動画をゆったりと眺める。自律訓練法から構想された作品で、心身をリラックスさせて観賞する作品だという。「作品と鑑賞者の関係を柔らかにすることで、ジェンダーや環境に関する問題を解きほぐし、既存の観念を再考するように促している」と展示を企画した水戸芸術館学芸員の後藤桜子さんに教えてもらった。

《4階から穏やかさへ向かって》2016年
マルチチャンネル・ヴィデオ・インスタレーション(天井から水平に吊るした非定形パネルに投影、可動式の投影2点、シングル又はダブルベッド、枕)、サウンド
展示風景:「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island―あなたの眼はわたしの島」水戸芸術館現代美術ギャラリー、2021年
撮影:川村麻純
© Pipilotti Rist, All images courtesy the artist, Hauser & Wirth and Luhring Augustine

この雰囲気って何かと似てる。でも何と……。展示を観ていた時から抱いていた疑問の答えが、帰りの電車の中で思い当たった。最近ブームとなっている高級ホテルのアフタヌーンティーの雰囲気と似ているのだ。「ヌン活」と言うらしい。パンデミックによって失調した日常を取り戻すための、若者たちによるささやかな贅沢。しかも、いずれもSNSで「映える」イベント。今回の企画展は、集まることで個々の人間がひとつの共同体として繋がるような仕組みを見いだす仕掛けでもあるという。パンデミック下、ソーシャル・ディスタンスの広がった日本で展示を鑑賞することで、その意味合いがさらに増す。会期は17日までだが、16、17日はすでに予約でいっぱい。残された日にちは少ないが、何とかして駆けつけて展示を体感してきてほしい。

ベテラン女性アーティストの多様な作品世界を紹介

森美術館(東京)で開かれている「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力-世界の女性アーティスト16人」も熱量の高い企画展だ。72歳から106歳までの女性アーティストの作品計約130点を展示する。出身地は世界14か国にわたり、全員が50年以上のキャリアを誇る。

ミリアム・カーンの作品(1999年)がプリントされた企画展のメインビジュアル

もっとも、ベテラン女性アーティストの活動を網羅的に見せるのではなく、作家のそれぞれの個性が際立つ展示を試みている。「ベテラン」で「女性」という共通項はあるものの、展示されている作品は極めて多種多様。西欧中心主義、あるいは白人男性中心主義で語られてきた美術史を読みかえようという2000年以降のアートの潮流を踏まえている。個人的には三島喜美代さんの新聞を陶で作った巨大な立体作品に圧倒された。イギリス出身のフィリダ・バーロウの巨大な展示もいい。理屈が優先するというよりは、手仕事でモノを黙々と作り上げていく力強さを感じる。

三島喜美代
展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年
撮影:古川裕也
画像提供:森美術館

フィリダ・バーロウ
《アンダーカバー2》
2020年
Courtesy: Hauser & Wirth
展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年
撮影:古川裕也
画像提供:森美術館

ビデオ・アートの黎明期を知る貴重な展示も

待ち遠しいのが「Viva Video! 久保田成子展」だ。新潟県立近代美術館から国立国際美術館を経て東京都現代美術館に巡回し、11月13日からスタートする。新潟出身の久保田はヴィデオ・アートの黎明期、アメリカを拠点に活動し、ピピロッティからもリスペクトされている。2015年に亡くなってから初、日本では約30年ぶりとなる大規模な個展で、日本初公開の作品や資料も展示される。フィギュアスケート選手の伊藤みどりをモデルにした「スケート選手」(1991~92年)や夫のナム・ジュン・パイクの故郷の墓をモチーフにした「韓国の墓」(1993年)といったヴィデオ彫刻を観るのが楽しみだ。ちなみに同時代の様々な作家たちとの交流を示す写真や手紙の多くが世界初公開だという。

メインビジュアル 写真:トム・ハール デザイン:佐々木暁
《スケート選手》1991-92年 久保田成子ヴィデオ・アート財団蔵(新潟県立近代美術館での展示風景、2021年)撮影:吉原悠博

ほかにも展示は終わってしまったが、横浜のそごう美術館で開かれていた「森に棲む服/forest closet ひびのこづえ展」も面白かったし、11月7日まで世田谷美術館で開催中の「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス かかずにはいられない! 人生絵日記」は底抜けに楽しい。2005年に亡くなった塔本は50歳代から独学で油絵を学び、日々の暮らしを題材に創造のエネルギーを発散し続けた。同館では11月20日から生誕160年を記念して「グランマ・モーゼス展」も始まる。上野の森美術館では11月14日まで「蜷川実花展 -虚構と現実の間に-」も開かれている。ポーラ美術館で行われているロニ・ホーンの個展も見逃せない。観てよかった、あるいは観たいと思う企画展の多くが女性アーティストなのは偶然なのか? おそらく女性アーティストの多くが、男性が幅を利かせる美術界のマッチョなシステムの外にあえて身を置いてものを生み出すことで、創造の力強さを発揮しているような気がする。現代アートの覇権を勝ち取ることより、自分の目指す道を探求する思いの強さと賢明さが今の人たちを引きつけるのだろう。芸術の秋、いずれの企画展も美を追求する『マリ・クレール』フォロワーにこそ観てもらいたい。

お問い合わせ先

水戸芸術館現代美術ギャラリー(https://www.arttowermito.or.jp/gallery/
森美術館(https://www.mori.art.museum/jp/
東京都現代美術館(https://www.mot-art-museum.jp/
世田谷美術館(https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
上野の森美術館(https://www.ueno-mori.org/
ポーラ美術館(https://www.polamuseum.or.jp/

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。澤田知子、伊庭靖子、そして田中敦子……。そういえば、自宅に飾ってあるアートも女性作家のものが多い。田中の制作した電気服(1956年)を通電した状態で纏うのが我が生涯の夢!

リンクを
コピーしました