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Lifestyle

4000 Chinese Restaurant オーナーシェフ 菰田 欣也

4000 チャイニーズレストラン オーナーシェフ菰田欣也シェフが語る、コロナ禍は必要な2年間だと思える理由とは

様々なメディアで取り上げられ、人気を得ている中華の菰田欣也シェフ。コロナ禍を経験し感じた経営者としての熱い思いをたっぷりと語ってくれた。

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菰田シェフの軽快なトークとともに盛り上がりを見せたインスタライブ 〈左から〉料理家 杉山絵美、菰田欣也シェフ

インスタライブ で、愛媛県のクエと媛スマを使ってみていかがでしたか?
どちらも脂がのっていてとっても美味しいです。天然物だとサイズがバラバラで昨日はよかったけれど、今日はちょっとな〜という時が結構あります。でも養殖はサイズも味も安定しているので、焼いてよし、煮てよし、揚げてよし、最高に使いやすい魚ですよ。高級魚と言われていますが、これから切り身でスーパーなどに並ぶ魚じゃないかな?と思っています。これから家庭でも取り入れやすくなると思いますよ。

媛スマの煎り焼きおろし大根ポンジュースのせ/photo:Emi Sugiyama
クエの紹興酒煮込み/photo:Emi Sugiyama

料理の世界で「中華」を選んだのはなぜ?
調理師学校に入る前は、「フレンチ」と決めていました。でも、調理師学校の実習で中華を食べた時に「凄く美味しいな」と感じました。その体験が忘れられず「中華」をやろうと決めました。

「四川飯店」を選んだきっかけは?
ある日、「四川飯店」の陳建一さんが調理師学校にきて包丁捌きを見せてくれました。マッシュルームに包丁をバババっと入れてパーンと叩くと、花のように見える調理法“マッシュルームの花桐”を見せてくれたんです。これを見た時に「この人は天才だ!」と感じて「四川飯店」に入りたいと思ったのがきっかけです。

30年を過ごした「四川飯店」での思い出は?
最初は、今日を過ごすのが精一杯でした。将来のことなんか全く考えられなくて。でも、ラッキーだったのは先輩に恵まれたことです。仕事は凄くしんどかったけれど、先輩たちが、ラーメン、もんじゃ焼きなんかを食べに連れて行ってくれたりしたので、上手く息抜きができました。何でもそうですけど、大変だと思ったら100%大変になってしまう。でも、考え方ひとつで楽しみに変えることだってできる。夢を叶えるには努力が必要ですから。

4000チャイニーズレストランの立ち上げ
陳建民さん、陳建一さん、陳建太郎さんと「四川飯店」の親子三代に渡る社長の姿を見てきました。その中で、私は陳建一さんの部下として、テレビ番組『料理の鉄人』のサポート、地方出張への同行など長い間ずっと一緒に行動を共にしてきました。でも、健一さんが会長になり、健太郎さんが社長を務めることになりまして、僕の番頭としての仕事は全うしたかなと感じました。というのも、新しい社長は新しい番頭を付けてやるのが、一番いい形だと思うからです。もともと出世欲があまりなくて、“ただ美味しい料理を作れるようになりたい”という思いで四川飯店で料理を作ってきたので、健一さんが会長になったことと、自分自身も50歳を迎える節目にあったので、そのタイミングで独立を決めました。

「真面目に働け」父に言われた忘れられない一言
幼少期から父とほとんど会話がありませんでした。父はタクシー会社を経営していたので、365日24時間営業しているような人で。そんな父から言われた一言が、「真面目に働け」と言う言葉です。単純な言葉ですが、「どこで働いていても真面目に働いていれば自ずと結果が付いてくるんだ」と言うこと。この言葉をすごく大事にしています。

嫁さんには感謝しかない
「仕事と家庭」。それぞれの家庭の中にバランスがあると思いますが、僕は料理に情熱を注いできたので、家庭のことは嫁さんが支えてくれました。だから、家庭のバランスを保ちながら今もこうして好きな料理に没頭できています。本当に感謝しています。

私にとって必要だった2年間
語弊があるかもしれませんが、自分にとって必要な2年間だったような気がします。
もう一度初心に立ち戻る機会をいただいたという感じです。経営者として、コロナ禍をどう考える乗り越えるのか?ということを問われました。そんな状況の中で、新たに西麻布に出店することができましたし、その他メディアへの出演やなど色々なことができました。
経営的な面で言うと、スタッフの給料も下げて無いですし 、ボーナスもずっと支払っています。

コロナ禍での学び
コロナの影響で、お客様が一日に4名ぐらいの日が続きました。満席をいただいている時には、お客様とゆっくりとお話しをすることができなかったのですが、通常通りスタッフ5名体制で営業していたので、お客様一人一人といろんな話ができました。仕込みもゆっくりと時間をかけて丁寧に行いました。これまで、100%出し切って日々を過ごしてきたつもりでしたが、全然100%じゃなかったということが分かっちゃったんです。
「今日も満席、明日も満席」、満席が当たり前だと思って気持ちに驕りが出ていたと思います。コロナ禍でお客様がきてくださるかどうか?その真意をもっと理解して、料理と接客に携わらなければこの先は無いと思いました。すごく背筋がピンと伸びましたね。毎日お客様が来てくれるということが、感謝でしかないです。

オススメのお店をこっそり教えて!
最後にとんかつ屋をやりたいぐらいとんかつが大好きなんですよ。
東京だと蒲田の「丸一」、大阪だと「とんかつマンジェ」。めちゃくちゃ美味しいですよ!

今後のチャレンジ
スタッフみんながやりがいを持って活躍できる場を作りたいと思っています。
例えば、お店の休みを利用してお茶の勉強する、お酒の勉強する、料理の勉強する、本を読む、色々なお店に食べに行くなどなど・・・。自分自身を磨くことでお客様とコミュニケーションが取れるようになると、楽しくなっていきますから。

これからの料理人にアドバイスは?
利用されてはダメです。例えば、他業者の人に出資していただいてお店を始めるとオーナーじゃないので、料理人の意思が通らなくなる可能性があります。利用される人生でいいの?と思います。僕は今独立して4年経ちます。その中で、5店舗を運営していますが出資者をつけてないです。うちは月に7〜8回休んでいますが、オーナーが自分だとこういう休みの設定など細かい部分のハンドリングも自由なんですよ。ちなみに経理も自分で行います。
それと、先ほどもお伝えしましたが接客は本当に大事です。ミーティングでもよく話しますが、常連さんよりも一見さんに特に気を使うようにしています。常連さんとフタッフが喋っていると、「この店、ちょっと違うな?」という引き目を感じるような時があるので、丁寧に接客することが大事だと思います。

料理人でありながら経営手腕も発揮。少し強面な見た目とは裏腹にお客様への感謝、スタッフと家族への思いやりを忘れない情熱溢れる菰田シェフ。軽快なリズムとトークで織りなす極上の一品をいただいてみませんか?

4000 Chinese Restaurant オーナーシェフ 菰田 欣也(こもだ きんや)
1968年東京都品川に生まれる。大阪あべの辻調理師専門学校卒業。1988年4月 赤坂四川飯店へ入社。2001年セルリアンタワー東急ホテルにあるszechwan restaurant 陳 渋谷店の料理長就任。2008年7月 szechwan restaurant 陳 四川飯店グループ総料理長就任。現在 4000 Chinese Restaurant、笄Ji-cube、ファイヤーホール4000 3店舗(五反田、麻布十番、虎ノ門)のオーナーシェフ。他、専門学校や料理教室の講師、イベントや料理番組等に出演

菰田シェフのお店はこちら→4000 Chinese Restaurant

Interview & text:Miyuki Kikuchi

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