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【最新シネマ選】カンヌ特別表彰『PLAN75』が映す近未来に背筋が寒く。日本人をモデルに比監督が描いた『義足のボクサー』に感動

©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

最新シネマの中から見逃せない作品をピックアップ。カンヌ国際映画祭でカメラドール特別表彰を受けた『PLAN75』は高齢化社会を考えさせる衝撃作。『義足のボクサー』は、義足の日本人ボクサーをモデルにフィリピンを代表するブリランテ・メンドーサ監督が描いた感動の実話。『峠 最後のサムライ』は幕末の動乱期に武士としての理想を追求した男を描いた司馬遼太郎作品が原作だ。

75歳で死を選べる制度!? 絵空事がリアルに映る恐怖

【PLAN75】(6月17日から全国公開)

表題の「PLAN75」とは、近未来の日本で導入された、75歳以上の高齢者が自らの生死を選択できるという制度のこと。超高齢化社会を中で「生きる」ということを考えさせる衝撃作だ。早川千絵監督が、オムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018年)の一遍として手掛けた短編作品を再構築し、初の長編映画とした。カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、早川監督が、カメラドール(新人監督賞)に次ぐ特別表彰を受けた。

夫と死別し、独りで暮らしてきた78歳のミチ(倍賞千恵子)。ホテルの客室清掃の仕事をしているが、同僚が勤務中に倒れたことから、高齢者たちが退職させられることになる。折から長年住んできた団地も取り壊しが決まる。ミチは仕事と新居を探すが、高齢を理由になかなか決まらない。古い団地での独り暮らし。会話する相手もなく、食事するミチ。悲哀がにじみ出る倍賞の名演から目が離せない。高齢であるために仕事も引っ越し先もなかなか見つからない様子は、日本の高齢者をとりまく環境の厳しさを浮き彫りにし、リアルな切迫感に満ちている。

「PLAN75」は、国家による集団安楽死だ。申し込んだ人には、その時が来るまで安心して暮らすことが出来る費用が支給され、何か困ったことが起きても定期的な電話でサポートを受けられる。もっともらしく聞こえるが、要は、暮らしに不自由しない裕福な人以外の高齢者を切り捨てる制度だ。

映画の中のミチも、安心して生きていくことができなくなって追い詰められ、「PLAN75」を選択せざるを得なくなる。このミチを軸としながら、「PLAN75」申請窓口で働く市役所職員のヒロム(磯村勇斗)、ミチの電話サポート係となる瑶子(河合優実)、介護職から「PLAN75」関連施設に転職したフィリピン人のマリア(ステファニー・アリアン)らの姿が描かれていく。

ヒロムは、行方がわからなくなっていた伯父と窓口で再会。サポート電話を楽しみにするミチを担当する瑶子は、規則を破ってミチと対面し、彼女と打ち解けていく。ヒロムも瑶子も、それまでは「仕事」として淡々と業務をこなしてきたが、安楽死を目前とした相手が身近な人物となったことで、複雑な思いで仕事に当たるようになってくる。娘の手術費用のため転職したマリアも、安楽死した人々の遺品処理に疑問を持ちながら作業している。そしてミチにも「その日」がやってくる。

この映画はあくまでも「絵空事」である。一つ一つ違うはずの命を、単なる数字として扱うようなことがあってはならないはずだ。しかしながら私たちは、社会的弱者への不寛容が広がりかねない現実の中で生きている。もしかすると、あり得ないはずの「絵空事」が、「絵空事」に終わらないかもしれない・・・。ふとそんな思いがして背筋が寒くなった。

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プロの夢追い異国の地へ。絞り上げた俳優の体も注目

【義足のボクサー】(公開中)


©2022「義足のボクサー GENSAN PUNCH」製作委員会

ブリランテ・メンドーサ監督は、現代フィリピン映画を代表する存在だ。首都マニラの警察腐敗をドキュメンタリーのような迫真の映像で描いた『キナタイ・マニラ・アンダーグラウンド』(2009年)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。ベネチアやベルリン、そして東京など世界の映画祭で常に注目を浴びている。そのメンドーサの新作が日本人をモデルにしていることに驚かされた。

この映画の主演で、プロデューサーにも名前を連ねる尚玄が、「後輩で義足の元ボクサーがいる」とプロデューサーの山下貴裕に伝えたことが映画化のきっかけ。釜山国際映画祭で偶然出会ったメンドーサ監督を口説きおとして企画が実現したという。

尚玄が演じるのは、沖縄で母(南果歩)と暮らす津山。プロのボクサーを目指す彼には、一つだけ他の選手と違うところがあった。それは、幼少時に右足の膝から下を失い、義足を使っている、ということ。日本ボクシング委員会は、安全上の配慮を理由に、津山のプロ・ライセンス申請を却下する。夢をあきらめきれない津山は、フィリピンに渡ることを決意。トレーナーのルディ(ロニー・ラザロ)とともに、異国の地でプロへの道を歩き始める。

尚玄は、戦後の沖縄を舞台にした『ハブと拳骨』(2004年、中井庸友監督)で俳優デビュー。『義足のボクサー』では、プロを目指すボクサーの肉体を見事に作り上げて役に没入している。もともと、説明的なセリフが一切無いメンドーサ監督らしく、尚玄が演じる津山も寡黙ながら、肉体全体で説得力を持たせている。ハンデキャップがあっても、夢をあきらめない姿が感動的だ。

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幕末動乱に非戦を求めた小藩の物語。女たちの存在光る

【峠 最後のサムライ】(6月17日から全国公開)

ⓒ2020「峠 最後のサムライ」製作委員会

幕末の動乱期、新潟の小藩・長岡藩で家老を務めた河井継之助の姿を描いた司馬遼太郎の名著『峠』が初めて映画化された。監督は、数々の黒沢明作品に助監督として師事した小泉堯史。監督デビュー作『雨あがる』(2000年)でベネチア国際映画祭緑の獅子賞を受賞。『明日への遺言』(2008年)、『蜩の記』(2014年)などの作品で、美しく、いとおしい人間の本質を見つめ続けてきた。

薩摩・長州を中心とした新政府軍か、それとも旧幕府派(佐幕)か。日本が二分する中、長岡藩の家老・河井継之助(役所広司)はどちらにもつかず、「非戦」を貫こうとする。ただの中立ではない。フランス式兵制を取り入れ、最新の洋式ライフルをそろえ、さらには当時珍しかった手動機関銃「ガトリング砲」まで購入して、万一の戦争にも備えていた。新政府軍との交渉で、「戦争は双方に不利益。長岡藩が仲介役となって会津藩などにも和平を提案する」と主張する継之助。だが、新政府軍軍監で土佐藩出身の岩村(吉岡秀隆)は耳を貸そうともせず、出兵も献金も応じない長岡藩を「敵」と見なす、と宣言して交渉を打ち切った。そして継之助が最も避けようとしていた戦争が始まる。

前藩主役の仲代達矢、継之助の父役の田中泯らベテランから、盟友役の佐々木蔵之介、長岡藩軍事掛・山本帯刀役のAKIRAらまで、すきのない配役で、緊張感がいや増す。しかしながら、大きな存在感を見せているのは、継之助の母・お貞役の香川京子、妻・おすが役の松たか子、さらには、娘のように接する旅籠の娘・むつ役の芳根京子といった女性たち。継之助の大きな決断の際には、必ずといっていいほど、彼女たちの存在が近くにある。巨大な波に飲み込まれようとする中で、理想を貫こうとする姿に胸が熱くなった。

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このほか、総監督河瀬直美によるオリンピック記録映画で、主にアスリートを中心とした関係者たちを描いた『東京2020オリンピック SIDE A』(公開中)、一般市民やボランティアら非アスリートをたちを見つめた『東京2020オリンピック SIDE B』(6月24日から)、在位70周年を迎えた英国女王のドキュメンタリー『エリザベス 女王陛下の微笑み』(6月17日から)、ロシアの地方都市に赴任した新米教師2人を見つめる異色ドキュメンタリー『ヘィ! ティーチャーズ!』(6月25日から)、カンヌ国際映画祭で主演男優賞などを受賞した是枝裕和監督『ベイビーブローカー』(6月24日から)などが公開される。

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Profile

福永聖二

編集委員、調査研究本部主任研究員などとして読売新聞で20年以上映画担当記者を務め、古今東西9000本以上の映画を見てきた。ジョージ・ルーカス監督、スティーブン・スピルバーグ監督、山田洋次監督、トム・クルーズ、メリル・ストリープ、吉永小百合ら国内外の映画監督、俳優とのインタビュー多数。

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