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鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【サクランボを見ると幸せになるフランス人】

フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんによるエッセイをお届け。愛猫のグリ(シャルトリュー 10歳・♀)とともに今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語ります。今回は旬のフルーツ、サクランボがテーマです(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)

恋の季節の到来

フランス人に何かものを頼むようなことがあったら、5月か6月にかぎる。フランスでもっとも気候のいい季節であるばかりか、もうじき人生の生きがいであるヴァカンスがやってくるということで、だれもが寛容になっているからだ。

反対に、ヴァカンスの終わる晩夏は、フランス人の全員がトゲトゲしくなり、陰気な顔をしている。この時期はフランス人との交渉は避けるべきだ。

ところで、フランス人が一番幸せと感じるこの5月・6月という季節は「サクランボの実るころ」と重なる。というよりも、4月末の街角にサクランボ cerises が並ぶのを見たとたん、フランス人の心の中では「幸福感」のボタンが押され、その多幸状態が2、3ヵ月は続くのである。

そうした幸福感の象徴のようなのが、サクランボの実る郊外の森だ。木々のあいだからは陽気なナイチンゲールやツグミの声が聞こえる。美人は突然激しい情熱を頭に感じ、恋する男は心に太陽を抱くようになる。恋する二人は夢見ながらサクランボの耳飾りを摘みに出掛ける。緑の葉の下、愛のサクランボは血の滴(しずく)のようにしたたり落ちる。

イラスト◎岸リューリ

だが、このサクランボの季節、人生の幸福の季節は本当に短い。あっというまに過ぎ去ってしまう。しかしそれでも、それでもやはり、サクランボの季節のことを忘れることはできない、たとえ、心に大きな傷が刻まれてしまったとしても……。

すでにお気づきのように、これは、ジャン=バチスト・クレマン作詞のシャンソンの名曲『サクランボの実る頃』をパラフレーズしたものである。この歌を十八番にしているコラ・ヴォケールの歌詞はこれとは若干ことなり、最後に「美人は避けなさい Evitez la belle」というルフランがくる。

『サクランボの実る頃』は1871年のパリ・コミューンののちに愛唱されたので、コミューンの敗北を歌ったものと思われているが、クレマンが作詞したのは1866年で、純粋な愛の歌だった。この点は60年安保後に『アカシアの雨が止む時』が挫折の歌として歌われたのと似ている。

いずれにしても、フランス人にとって「サクランボの季節、幸福感、恋の芽生え」という三位一体は、秋から冬の陰鬱(いんうつ)な季節の労働や病気に耐える力を与えてくれるものらしい。

【グリの追伸】眠たいとき、機嫌が悪いとき、カメラを向けられてポーズを取らされるのは最悪です。そんなときは思いっきり睨んでやります。

最悪です

text&photos by Shigeru Kashima

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【特別展「鹿島茂コレクション2 『稀書探訪』の旅」】のお知らせ

鹿島茂さんの古書コレクションのなかから、 ANA機内誌「翼の王国」で連載されていた「稀書探訪」より 稀覯本144冊を紹介する特別展が開催中です。

●会期:~7月17日(日)
●会場:東京・千代田区立日比谷図書文化館 1階特別展示室
●開室時間:10時~19時(月~木・土)、10時~20時(金)、10時~17時(日・祝)
※入場は閉室30分前まで。
●閉室日:休館日、展示替え日 6月20日(月)
●日比谷図書文化館HP:https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/hibiya/

Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰。

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