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鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【メリーゴーラウンド、フランス語ではなんと言う?】

首に注目~

フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんによるエッセイをお届け。愛猫のグリ(シャルトリュー 10歳・♀)とともに今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語ります。遊園地の定番といえばメリー・ゴーラウンド。発祥の地、フランスでは別の名前で呼ばれています。その理由とは(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)

命名までの込み入った事情


「てふてふが一匹韃靼(だったん)海峡を渡つて行つた」で知られる安西冬衛(ふゆえ)の詩集『軍艦茉莉(まり)』の中に、「私はメリイ・ゴオ・ラウンドをメリゴランドだとばかり思つてゐた」という言葉がある。

じつは、私も子供のころ、merry-go-round を何かディズニー・ランドのようなファンタスティックな遊園地「メリーゴー・ランド」だと思いこんでいたので、初めて薄汚れた回転木馬を見せられてこれがメリーゴーラウンドだと言われたときには、なんだ、こんな貧弱なものかとひどく落胆したことを覚えている。

しかし、長じて、夕暮れのエッフェル塔の下で出会ったメリーゴーラウンドは、巧みな照明効果のおかげで夢の城のように暗闇の中にポッカリと浮かび上がり、子供のころの豪華絢爛(けんらん)たるイメージが決して偽りではなかったことを教えてくれた。あるいは、このメリーゴーラウンド、その発祥の地であるパリには初めからよく似合うようにできているのかもしれない。

ところで、百科事典を引くと回転木馬をメリーゴーラウンドと呼ぶのはイギリスだけで、アメリカではむしろカルーゼルというとあるが、この carrousel という言葉はフランス語起源で、もとは馬に飾馬具を着せて行なう騎馬パレードを意味していた。回転木馬に飾馬具が付けられているところから、この名前が採用されたのだろう。

ただし本家本元のフランスではメリーゴーラウンドは普通マネージュ(manege)と呼ぶ。円形の調馬場(ちょうばじょう)のことである。

イラスト◎岸リューリ

では、なぜマネージュが回転木馬の呼び名になったかというと、これが案外込み入っている。

まず、18世紀に数頭の馬を堂々巡りさせて回転動力を得る炭鉱用の動力装置が発明されたとき、円形の調馬場からの連想でマネージュという名前で呼ばれた。

やがて動力が蒸気に代わると馬が不要になったが、このとき、馬を木馬に代えればそのまま回転遊具に使えると考えた頭のいい玩具商人がいて、これを manege de chevaux de bois(木馬のマネージュ)と命名したのである。

私の知るかぎり、現存するメリーゴーラウンドでもっとも古いものはリュクサンブール公園の子供遊園のわきにある素朴な回転木馬で、なんと1879年以来姿が変わっていない。22頭の馬、2頭の象、2頭のキリン、それにラクダとライオンというのがその不変の仲間だが、この動物たちをデザインしたのが、パリ・オペラ座を設計した建築家シャルル・ガルニエであることは知られていない。オペラ座とメリーゴーラウンド、彼の夢の城はどちらだったのだろうか。

【グリの追伸】チョコレートの箱が届くと、これはリボンをつけられるなと予感できます。毛並みが灰色なので、どんな色でもいちおうは似合うと思いますが、どうせなら綺麗な色がいいな。

似合う?

photos by Shigeru Kashima
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Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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