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Culture

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鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【フランスの元旦と「ヤドリギ」】

フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんによるエッセイをお届け。愛猫のグリ(シャルトリュー 9歳・♀)とともに今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語ります(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)


年賀状の元を辿ると


元日は、19世紀まで、フランス人にとってかなり忙しい日だったらしい。というのも、この日はひと昔前の日本と同じように新年の挨拶回りをする習慣になっていたからだ。

とくに軍楽隊の挨拶はにぎやかで、朝6時になるとファンファーレを奏でながら隊長の家まで心づけをもらいに押しかけた。こうして彼らは元日は一日中酔っ払っていることができるというわけである。

一般の人々も上役や同僚の家に新年の挨拶に出掛けた。

ところが、時代が下るに従って、できるだけたくさんの義理を果たそうとしたため、門番のところに自分の名刺を置いてくるだけになり、やがて、名刺配り専門の請負い業者まで出現するようになった。

これがあと一歩進めば、日本の年賀状になるわけだが、事実、日本の年賀状はこうした進化の末に誕生したものらしい。

ところで、現在のフランスでは、こういった挨拶回りや名刺配りの習慣はなくなったが、ただ一つだけ、大昔から続いている元旦の風習がある。それは、ギー (gui) と呼ばれるヤドリギの葉と枝を詰めたかごを肉親にプレゼントしたり、自宅に飾っておく習慣である。

ヤドリギというのは文字通り寄生植物の代表なのだから、まことにヘンなものを縁起物にしたものだが、じつは、これ、フランス人の祖先に当たるガリア人から伝わった異教的な風習である。

イラスト◎岸リューリ

ガリア人はヤドリギが大地に根を持たず、しかも冬でも枯れないことを不思議に思い、ヤドリギが葉を出したカシの木には神が宿っているにちがいないと考えた。そこで、新年の初めに、ドルイド教の僧侶のかしらが黄金の鎌でヤドリギを切りとり、これを祭壇に捧げたといわれる。

この風習がローマ人やゲルマン民族にガリアが征服されキリスト教化したのちも残ったのである。ただ、そのころには、ヤドリギの神性への信仰は失われ、むしろ、幽霊や魔女から子供や家畜を守るための厄よけとしての意味が強くなったようだ。

イギリスでは、ヤドリギは新年というよりもむしろクリスマスの装飾用植物で、それが飾られている下で女性に出会った男性はキスの特権を得るということになっている。ただし、キスをするたびにヤドリギの白い実を取るので、それが終わったところで特権は消えることになっている。

正月、またパリに遊びに出掛けることができるようになったら、一つ、縁起物として、ヤドリギのかごを花屋で買ってみることにしようか。

【グリの追伸】
あけましておめでとうございます。
今回はツイッターを始めた頃の写真です。いまと比べて、毛並みが少し良かったかもしれません。背後に写っているのは、ロダン作のヴィクトル・ユゴー像のレプリカです。その後ろにあるのはグランヴィルのポスター。いまはどちらも練馬区立図書館に寄託して、家にはありません。家から一歩も出たことがありませんので、他のネコが住んでいる家のことは知りません。一緒に写り込んでいるインテリアについてもときどき報告することにしますね。

初夢、見ました?

photos by Shigeru Kashima

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Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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