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鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【フランスパンと革命の関係】

グリです。以後お見知りおきを!

フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんによるエッセイをお届け。愛猫のグリ(シャルトリュー 9歳・♀)とともに今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツの品々について語ります(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)

パンは平等であらねばならない

対談の最中、突然、話題を変えてしまうことがある。文章でもすぐに「ところで」と書きたくなる。前の話題と次の話題は頭の中ではつながっていて、最後には元に戻る予定の「脱線」なのだが、とにかく、いったん話のベクトルを変えたくなる。どうも私の思考のくせらしい。フランス語ではこんなとき「ア・プロポ」という。このコラムは、いっそ居直って「ア・プロポ」の流儀で通してみようかと思っている。

さて、いま、私は右手でワープロを打ちながら、左手でフランスパンをかじっているが、表面が硬く中が柔らかいこの極上小麦の白パンが「フランス国民のパン」となったのは、じつはそれほど昔のことではない。

フランス革命のときからである。しかも、かなり人為的にそうなったのである。1793年の11月15日に布告された国民公会の法令の第9条にはこうある。

「フランスのすべてのパン屋は、ただ一種類の良質のパン、すなわち平等パンだけを作るものとする。違反した場合は禁固刑に処する」

この第9条は、同第8条「富裕と貧困は平等の体制からは消滅すべきものであるがゆえに、金持ちは極上小麦の白パンを食べ、貧乏人はふすまパンを食べるということがあってはならない」を受けたもので、フランス革命が、小麦の凶作による白パン不足に端を発したことを考えれば、それほど理不尽な法令とはいえず、革命のもっとも切実な欲求を汲みあげたものと見なすことができる。パンに始まった革命をパンで解決しようとしたわけである。

イラスト◎岸リューリ

もちろん、その後の歴史において、国民公会の法令がそのまま現実になったわけではない。19世紀の後半まで、農民や労働者たちは、長いあいだライ麦パンやふすまパンで我慢しなければならなかった。しかし、革命によって、いわば「上から」良質のフランスパンを食べさせられた民衆の舌は、二度とその味を忘れることはなかった。なんとしても、白パンを食べたい、たとえ革命を起こしてでも……。19世紀に、何度となくバリケードを築いた民衆は、必ずしも平等の理念からだけ行動したわけではなく、むしろ「平等パン」の舌の記憶によって、革命へと駆り立てられたといったほうが正確なのかもしれない。

こうした成立事情があるためか、フランスではパンの長さや重さが法律で決まっている。棒パンのバゲットは長さ80センチ、重さ300グラム(以前は250グラム)。ただパンとだけ呼ばれる巨大なパンはちょうど1キロあり、要求があれば定められた価格で目方売りしなくてはならないことになっている。

パンと革命。この関係はフランスではいまだに現実的なのである。

【グリの追伸】
こんにちは、グリです。鹿島家にくらして、もうじき10年になります。名前は、灰色なのでフランス語のgrisをそのままつけたらしいのですが、本当にフランス名前なら女性形でgrise(グリーズ)となるはずです。なのにグリとは、どういうことかというと、ネコに長い名前をつけても、結局、二字名前でしか呼ばなくなるからなのだそうです。

ツイッターでは、ずいぶん、写真がアップされているようですが、写真の撮影者がヘタなので逆光になったり、ピンぼけだったり、あまり良く撮れたものはありません。ごめんなさい。

これから、毎月2日と22日に登場します。よろしくお願いします。

よろしくね

photos by Shigeru Kashima

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Profile

鹿島茂

かしま しげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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