会場には20~30代の若い来場者も目立つという。彼らにブルダンの作品はどう映るのか ©CHANEL
【what to do】モノクロに彩られたギイ・ブルダンの魅力を東京・銀座で発見する
2021.10.20
知的好奇心あふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション、”what to do”。今回、注目するのは写真。日本では久々となるギイ・ブルンダン(1928-1991年)の作品展がシャネル・ネクサス・ホール(東京・銀座)で開かれている。1970年代に一世を風靡した、カラーでスタイリッシュなファッション写真の印象が強いが、今回はモノクロの未公開写真も数多く紹介。マン・レイの弟子でもあった彼の創作の新しい側面を発見することができる。
禁断の世界が垣間見え、心がざわつくブルダンの作品
受験勉強そっちのけでサブカルチャーに夢中だった高校生時代、シャルル・ジョルダンだったか、イッセイ・ミヤケだったか、詳細は忘れてしまったが、ギイ・ブルダン撮り下ろしのファッション写真を雑誌で見て、心がざわついた記憶がある。大人の禁断の世界を覗き見たかのよう。もっとも、最近ではなく、1980年前後のこと。正直、当時から写真の知識は覚束なく、もしかしたらヘルムート・ニュートンの作品と混同していたかもしれない。その程度なのに彼のことを知ったつもりになっていたとは、何とも情けない。
Untitled, Guy Bourdin Archives, n.d. © The Guy Bourdin Estate 2021 Courtesy of Louise Alexander Gallery
それでも彼の名前はずっと記憶していて、頭部から血を流して俯せで倒れている女性が表紙を飾った写真集『EXHIBIT A』が2001年に出版された時、六本木にあった青山ブックセンターで買ったし、03年には、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開かれた彼の個展も現地で偶然観ている。それから3年後、東京都写真美術館で開催された彼の日本初の個展へも出かけている。その時の図録の装丁が凝っていて、黒光りする紙箱がネットで覆われ、中に冊子ではなくA4判のシート二十数枚が入っていた。確か、買ったはず。探せば、家のどこかにあると思う。
Advertising Campaign, Charles Jourdan, Autumn 1979 © The Guy Bourdin Estate 2021 Courtesy of Louise Alexander Gallery
日本では15年ぶりとなる本格的な個展
もっとも、彼が亡くなった1991年頃から写真表現は急速に多様化し、ヴォルフガング・ティルマンスやホンマタカシのような日常を切り取った写真家が台頭するようになって、構図を徹底的に作り込んだブルダンの作品が取り上げられる機会は相対的に減ってしまったような気がする。そんな時に「The Absurd and The Sublime(滑稽と崇高)」と題されたギイ・ブルダンの個展が久々、日本で開かれた。写美展以来、日本での本格的な個展は15年ぶりになるのだとか。
真っ白な抽象的な空間にブルダンの作品が映える ©CHANEL
それが今観ると意外にも新鮮なのだ。スマホで撮影された高解像度の写真がインターネットを通じて瞬時に公開され、「ありふれた日常」の断片をランダムに並べ、肩から力の抜けた「お友だち」写真が氾濫する状況に近年、食傷気味だったせいもあるのだろう。隅々まで計算された構図と色彩に引き込まれ、「滑稽と崇高」の間で微妙な均衡を保ちながら、アートへと止揚される様子が心地いい。思索と経験を積み重ねたプロの手業なのだ。
初期のモノクロ写真から見えてくる創作の秘密
加えて、初期のモノクロ写真が数多く公開されているのもうれしい。スタイリッシュなカラーのファッション写真を見慣れていると、その表現の幅に目を見張る。1951年にマン・レイのスタジオで働いた経験もあることから、シュルレアリズムに直に触れ、その影響が作風に色濃く反映されている。また、ミステリアスな作風はアルフレッド・ヒッチコックの映画からの影響だとされるが、作品から感じる脚や手など身体のパーツに対するオブセッションはむしろロベール・ブレッソンからの影響もあったのではないかと勝手に妄想してみたい。
Vogue France, Paris, February 1955 © The Guy Bourdin Estate 2021 Courtesy of Louise Alexander Gallery
写真は複製芸術だが、ギャラリーでヴィンテージプリントを見つめていると、写真集からは伝わってこない独特のアウラを体感することができる。『マリ・クレール』フォロワーならその時の快感が癖になっている人も多いだろう。展示は10月24日まで。何と言っても入場無料。急いで! アートファンなら、シャネル・ネクサス・ホールに駆けつけない理由はないはずだ。きっと、貴重なプリントが発散する美のアウラに全身で浸ることができるだろう。
Chanel Headquarters, New York City, 1987 © The Guy Bourdin Estate 2021 Courtesy of Louise Alexander Gallery
これまでの【what to do】この秋、観たい美術展。なぜか女性アーティストのものばかり ジンファンデルを選ぶべき理由について、非ワイン通が知っている二、三の事柄 国立代々木競技場はなぜ今も美しいのか? 二度目の五輪が開かれた東京で考える