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Culture

【鹿島茂 『パリのパサージュ』】vol.9 時間に忘れられたギャルリ・ド・ラ・マドレーヌ

コロナ禍で旅行に行けない今、極上のエッセイで楽しむパリ散歩はいかが?  フランス文学者の鹿島茂さんにはパリに行くたび足を運ぶ場所がある。それはパサージュ。「パサージュには、バルザックやフローベルの生きた19世紀という『時代』がそのままのかたちで真空パックのように封じ込められている」という鹿島さんのガイドで9つのパサージュへとご案内。今回は「ギャルリ・ド・ラ・マドレーヌ」へ。 (本記事は鹿島茂:著『パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡』(中公文庫)から抜粋し作成しています)

見どころは、パサージュから広場に抜ける瞬間

開通は1845年。年代からして、開発主体となったのはパサージュ・ジュフロワ会社のようだが、確証する書類はない。

マドレーヌ広場が開発(というよりも再開発)されたのは、意外に遅く、七月王政になってからのことである。バルザックの『セザール・ビロトー』は、このマドレーヌ地区開発計画を巡る地上げ話に実直な香水商セザール・ビロトーが巻き込まれ、悲劇的な最期を迎える物語だが、おそらく、ギャルリ・ド・ラ・マドレーヌもこうした再開発にからんで計画されたものと思われる。

ここに新しいパサージュを設けるという発想自体は悪くなかった。というのも、マドレーヌ広場は、東から西へと発展していったグラン・ブールヴァールの西の外れだから、将来性は十分な上、パサージュのもう一方の端(当時はマドレーヌ通り)には、レティロ中庭という乗合馬車の発着場があったからだ。つまり、地方から到着した客たちが、グラン・ブールヴァールに向かうのに必ず通る道筋として造られたのである。

また、今日見てもわかるように、パサージュそれ自体の建築にはかなりの金が使われている。建築家はマドレーヌ広場入口の上に彫られているようにテオドール・シャルパンチエ。シャン=ゼリゼのジャルダン・ディヴェールの設計者である。また、両脇の妙に色気のある女神柱(カリアティッド)はJ・クラグマンの作。高級な盛り場として計画されたマドレーヌ広場にふさわしい威容を備えている。

ところが、鳴り物入りでオープンしたにもかかわらず、ギャルリ・ド・ラ・マドレーヌに人の波は押し寄せなかった。先述の『パリのブールヴァール』でグザヴィエ・オーブリエはこう語っている。

「古い英国風タバーン(マドレーヌ通り)の支店がオスマン大通りとマドレーヌ広場の角にあるが、そのすぐ横に、パサージュ・ド・ラ・マドレーヌがある。このパサージュは、人通りがほとんどなく、ブティックにもろくなものがない」

すこし紛らわしい記述だが、ここでオーブリエがオスマン大通りと呼んでいるのは現在のマルゼルブ大通りである。パサージュ・ド・ラ・マドレーヌと呼んでいるのが、ギャルリ・ド・ラ・マドレーヌである。パサージュ・ド・ラ・マドレーヌと現在呼ばれているのは、ギャルリ・ド・ラ・マドレーヌと並行するかたちで、マドレーヌ広場の北西側をアルカード通りに抜ける屋根なしの通り抜け道である。

いずれにしろ、ギャルリ・ド・ラ・マドレーヌは、1878年に記されたこの記述からほとんど進化することはなかった。繁栄することもなく、また衰退することもなく、できたときから、時間に忘れられたような目立たないパサージュとして、今日に至っているのである。

園芸用品店「テリトワール」の玩具部

オーブリエが英国風タバーンの支店があると述べた一角には、1900年スタイルの豪華装飾のレストラン「ルーカス・カルトン(リュカ・カルトン)」があったが、いまは「アラン・サンドランス」に代わっている。「ルーカス・カルトン」の時代から、店がパサージュを裏口としてしか使っていないことがパサージュ愛好家からは非難されていたが、これはいまも変わっていない。ボワシ=ダングラス通りに抜ける角の両側は「テリトワール」というシックな園芸用品店があり、子供の玩具や雑貨などを売っているが、あまり客が入っているのを見たことがない。

仕立て屋「バンジャマン」の店主

また、パサージュの中ほどには「バンジャマン」という仕立て屋があり、いかにもそれらしい店主が店番をしているが、写真を撮られるのを嫌っているから注意を。

全体的に、かつてのマドレーヌ広場の栄光をしのぶには手頃なパサージュであり、場所からして再開発もありうるので、時間を見て、訪れておいたほうがいいパサージュである。パサージュから広場に抜けようとした瞬間、マドレーヌ寺院の威容が急に視界に入ってくる瞬間が素晴らしい。

出口の先には美しいマドレーヌ寺院が見える

photos: 鹿島直(NOEMA Inc. JAPAN)

鹿島茂 著『パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡』 (中公文庫)

Profile

鹿島茂

かしましげる 1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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