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語らずにはいられない⁉️ 各界から絶賛されるアカデミー賞受賞作「落下の解剖学」

日本映画初の視覚効果賞を受賞した『ゴジラ-1.0』や、長編アニメーション賞を受賞した『君たちはどう生きるか』など、日本中が祝福ムードに包まれた第96回アカデミー賞。作品賞を受賞したクリストファー・ノーラン監督の最新作「オッペンハイマー」が最も注目される中、何週間も余韻が続いている作品がある。観た後に誰かと語り合いたい......と悶々とし続け、忘れられない映画。それが脚本賞を受賞した「落下の解剖学」だ。

第76回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞し、ゴールデン・グローブ賞では脚本賞、非英語作品賞の2部門受賞。アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、監督賞、編集賞を含む計5部門でノミネートされ、各界から絶賛されている「落下の解剖学」は現在、全国で劇場公開中だ。不審死の真相に迫る裁判劇ミステリー? いいえ。これは結婚、家族、そして人間の知られざる本性を“解剖する”、誰にでも起こり得るリアリティを描く恐ろしい映画なのだ。気になってはいるけれど、鑑賞に踏み込めないあなたに、本作を映画館で観るべき理由をお伝えしたい。まだ間に合う。

二元論では語れない! 絶対に“真実”にたどり着けないからこそ、この映画は面白い

本作を“ミステリー映画”だと思って鑑賞すると、モヤモヤした気持ちを抱えて映画館を後にする事だろう。人里離れた雪山の山荘で、3階の窓から転落死した男。現場にいたのは妻と視覚障がいのある11歳の息子と愛犬だけ。アリバイもなく、不審な点が多いと疑われた妻は、夫殺しの容疑をかけられる。果たして妻は人殺しか? 無実か? というありきたりなミステリー映画のような“答え”に切り込んでいく映画ではないのだ。

話が進めば進むほど、真実から遠ざかる。最初は「妻が夫を殺したんだな!」と思うも、すぐに別の証言が出てくると、「あれ? 殺してないのかも? でも、妻はいい人間ではなさそうだ……。夫はモラハラっぽいし?」と観る者の心をかき乱し、真実に近づいたと思えば思うほど、真実が見えなくなっていく。俳優たちの感情の読み取れない演技も加わり、何が嘘で本当なのか、全く掴めない。

妻の罪ではなく、観る者の無意識を炙り出す裁判の展開に震えが止まらなくなる

近年、SNSを中心に誰かが非難される光景が、以前よりも増えたように感じるのは私だけだろうか?その多くは事実について語っておらず、臆測や一部を切り取った印象だけで人をジャッジし、罪人を罰するかの如く心ない言葉を浴びせ、快感を得ている様子が流れ込んでくることに嫌気がさしている人も少なくないはずだ。

残酷なSNS社会を生きる私たちの心を蝕む原因についても、「落下の解剖学」はメスを入れていく。<人は事実ではなく、信じたいものだけを信じているに過ぎない>。決して真実は描かれないのに、無意識のうちに妻を裁こうとしている自分に気づいた時、心底ゾッとしたのである。この映画は最初から、夫の死の真相を暴くための裁判劇ではなく、人が人を裁くことの恐ろしさ、不確かな情報、無意識の偏見・差別で決めつけてしまう残酷さをもった人間を解剖していく映画だと気づかされる展開には震えがとまらなくなった。

ハッピーエンドやバッドエンドという、答えが出てスッキリ終わる映画も素晴らしい。しかし、「落下の解剖学」は明確な答えを提示しないからこそ、メッセージ性を強烈に心に残し続けるのだろう。脚本を手掛けたジュスティーヌ・トリエとアルチュール・アラリが私生活でも映画監督同士であり、カップルこその説得力しかない、幸せから落ちてゆく夫婦のリアルさ。そして、さまざまな視点で語り、揺らぎやすい主観を翻弄し続ける脚本の巧みさ。真意を読み取れない俳優たちの表情といった、一切無駄のない綿密なストーリーから目が離せない、あっという間の152分だった。

ぜひ、作品と一対一で向き合える映画館という空間で、次々と解剖されながら、あなただけの<真実>と出会ってほしい。

text: DIZ

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『落下の解剖学』
監督:ジュスティーヌ・トリエ  
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ 
配給:ギャガ 
原題:Anatomie d’une chute2023年|フランス|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|152分|字幕翻訳:松崎広幸|G 
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma

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