知的好奇心に満ちた『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。今回は、近年、開かれるようになった美術展についての美術展について。施設開業の周年を記念したコレクション紹介に留まらず、展示・保存や収集活動そのものに焦点を当て、映画のバックステージものを観ているような愉しさがある。そもそも、私たちにとってアート・スペースとは何なのか? その存在意義を展示の企画者と鑑賞者が共に見つめ直すきっかけにもなっている。
美術館、あるいは美術展をテーマにした美術展が頻繁に開かれるようになったのは、ここ10年のことではないか。印象に残っているのが、2015年に東京国立近代美術館で開かれた「No Museum, No Life?-これからの美術館事典」。コレクション展ではなく、展示会場を事典に見立て、A から Z までの 36 のキーワ ードで美術館の活動を紹介した。絵の掛かった収蔵庫や作品の梱包材といった脇役を主役にした「展示」が面白かった。
パンデミック下の20年にも「美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ」(和歌山県立近代美術館)や「収集→保存 あつめてのこす」(高知県立美術館)が開かれた。東京都現代美術館も以前から、常設展で自館の収集活動を度々テーマにしているし、この欄で取り上げた「作品のない展示室」(20年、世田谷美術館)や「白井晟一 入門」(21~22年、松濤美術館)もその流れに連なるのかもしれない。
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偶然なのだろうか? そうした美術館や美術展をテーマにした企画展が今、各地で開かれている。埼玉県立近代美術館(さいたま市)の「扉は開いているか-美術館とコレクション 1982-2022」もその一つ。開館40周年を記念した企画だが、代表的な収蔵品を並べるだけでなく、美術館の活動そのものをチラシや館長の残したメモといったアーカイブ資料の発掘、展示を通して丁寧に紹介している。

和歌山県立近代美術館と同じ黒川紀章が設計を手がけた埼玉県立近代美術館の建築に関するドキュメントや、その空間に応答してきたアーティストたちとの協働についての記録も見応えがある。同展のタイトルに含まれる「開いているか」という問いに、企画を担当した学芸員の鴫原悠(はるか)さんは「作品の持つ豊かな意味を開く場所であり、その表現に触れることで『わたし』の視点を開いてくれる美術館の可能性を問い直したいという思いを込めました」と話す。なるほど、展示のために行ったアーカイブの発掘や整理は地味な作業だが、それを徹底することで「埼玉県立近代美術館」という固有名を超え、時代の影響を受けて変容し続ける「美術館」そのものの輪郭が立ち上がってくる。


どうせなら、今展の企画から閉幕までの様々な葛藤を、SNSなどを活用してライブ風に公開してほしいと思った。当事者は「公開できるような代物ではない」と謙遜するかも知れないが、予算と展示の兼ね合いや資料博捜の苦心、そして展示の思わぬ反響などについて、美術館スタッフの生の声を聞いてみたい。きれい事ばかりでない方が面白そう。そうすれば美術館はさらに開かれる?

22年2月に開館したばかりの大阪中之島美術館(大阪市)で始まった「開館記念 Hello! Super Collection 超コレクション展-99のものがたり-」も、施設の来歴をコレクションで紹介するユニークな企画だ。埼玉県立近代美術館が開館した翌年の1983年に「大阪市立近代美術館(仮称)」として整備構想を発表したが、財政難などから計画は紆余曲折を経て、ようやく開館にこぎ着けた。そのプロセスを、コレクションを通して見せる。

これまでも各地で開かれる近代デザイン展などで目に留まった優品の所蔵先に「大阪市立近代美術館(仮称)建設準備室」、あるいは「大阪新美術館建設準備室」と記されていることが多く、19世紀から現代までの美術とデザインを中心とした充実したコレクションは美術愛好家の間では有名だった。その数6000点超。そのうち約5000点がコレクターなどからの寄贈だという。それに加えて寄託を受けたサントリーポスターコレクションは約1万8000点にもなる。恐るべし大阪! 今展ではその中から選りすぐった約400点を展示している。


やはり、ここも「美術館」としてのあり方に敏感で、「日本の美術館が収集した『近現代』-戦後、バブル、コロナ禍に対峙して」と題した開館記念シンポジウムを開催。「イマドキ」の「開かれた」美術館らしく、2階部分はオープンスペースになっている。大阪の中心部にあることもあって、気軽に立ち寄ってもらえる「サード・プレイス」として施設を運営していこうということなのだろう。


こうした公立の大型施設とは対極にある、個人が営むアート・スペースの軌跡を紹介する企画展も開かれている。アーツ千代田 3331(東京・外神田)で開かれている「オルタナティブ! 小池一子展 ――アートとデザインのやわらかな運動」。小池さんは1960年代以降のクリエイティブ領域の黎明期を、コピーライター、編集者、そしてクリエイティブ・ディレクターとして牽引。80年代からは、アートの現場へも活動の幅を広げてきた。その多岐にわたる活動を「中間子」と「佐賀町」というキーワードで振り返る。


「中間子」とは、理論物理学の中間子論に着想し、異なる物や事を結びつけて新しい価値を生み出してきた媒介者としての小池さんの仕事を象徴する言葉だ。このコーナーでは、大学卒業後始めたファッション誌の編集や、石岡瑛子さんや山口はるみさんと組んだ商業施設「PARCO」での広告ディレクション、そして1975年に京都国立近代美術館で開かれた「現代衣服の源流展」のキュレーションなどを当時のポスターや書籍などを通して紹介している。現在もアドバイザリーボードを務める「無印良品」の仕事も一覧できる。今観ても面白いと思う仕事の多くを、小池さんがすでに70年代に手がけていることを知って驚く。

「佐賀町」のコーナーでは、小池さんが日本初のオルタナティブ・スペースとして東京・永代橋東岸近くに開いた「佐賀町エキジビット・スペース」の活動を振り返る。オープンは、大阪市の新美術館構想が発表された83年。コレクションを持たず、美術館でも商業ギャラリーでもないから、「オルタナティブ」。評価が定まらないが有望なエマージング・アーティストを発掘するニューヨークのPS1やロンドンのICAのような非営利の施設として小池さんが中心となって運営を始め、2000年の閉廊まで計106の展覧会やパフォーマンスを行った。

今展に先立って、20年秋に群馬県立近代美術館で「佐賀町エキジビット・スペース1983-2000 現代美術の定点観測」が開かれ、そこで活動の幅の広さを目の当たりにしてきたばかり。今展では、「佐賀町」で展覧会を開いた大竹伸朗や杉本博司、森村泰昌らが展示した作品に加え、当時のニューズレター「佐賀町通信」やカタログ類なども数多く見せることで、展示に厚みが加わり、当時の熱量が生々しく伝わってくる。

「今考えると無謀でしたが、だれかが理解してくれるはずと思って『佐賀町』を始めました。舞台裏は結構厳しかったのですが、それまでの個人的な関係の中で、協力してくれる人がいて、17年間、活動を続けられました。現在は当時と経済的な状況も違いますが、今だからこそできることがあることを展示を通して若い世代の人たちに伝えたい」と小池さんは話す。
「佐賀町」オープン当初、自称「知的好奇心に満ちた」大学生だったが、実は訪れた記憶がない。当時、留学で日本を離れ、むしろ映画に夢中で美術に胡乱だったことが悔やまれる。就職後、地方に赴いたこともあり、「佐賀町」を初めて訪れたのは1993年夏。「メランコリア 知の翼」と題したアンゼルム・キーファーの日本初の回顧展だった。97年夏には、岐阜県北方町公営集合住宅の建て替え設計のプロセス(総合コーディネーターを磯崎新さんが務め、妹島和世さんら7人の女性クリエイターが参画)を紹介する展示を磯崎さんに新聞記者として取材したこともある。

それ以後はまめに通った。当時、東京にはバブルの残り香があって、ツルツル、ピカピカの文化施設での軽薄なイベントにうんざりしていたこともあり、27年に出来た食糧ビルディングを改装した「佐賀町」の手仕事の痕跡を留めたモダンな空間に癒やされた。そうした多くの人に愛されたアート・スペースについての展示が今回、元区立中学校をリノベーションした施設で開かれたこともあって、当時の感覚がじんわりと甦ってきた。
展示スペースの規模やコレクションの有無に違いがあっても、在野で個人の思いから始まったという意味でアーティゾン美術館(東京・京橋)は、佐賀町エキジビット・スペースと似ているかも知れない。そこで今、アーティゾン美術館の前身となるブリヂストン美術館が開館した52年から現在までのコレクションの軌跡を紹介する「はじまりから、いま。1952-2022 アーティゾン美術館の軌跡 ―古代美術、印象派、そして現代へ」展が開かれている。



ブリッヂストンタイヤ(現ブリヂストン)創業者の石橋正二郎は本業の傍ら、日本近代洋画や西洋近代美術を中心としたコレクションを築き、52年に美術館を設立。その後、56年に石橋財団を創設して美術館運営と収集活動を引き継ぎ、正二郎の息子と孫の3代にわたってコレクションを充実させてきた。2020年にはアーティゾン美術館として新しく開館し、現代作家に焦点を当てた展示なども行われるように。


今展ではその軌跡を計約170点の作品と資料で見せている。新しく収蔵された「鳥獣戯画断簡」や「平治物語絵巻 常磐巻」(重要文化財)といった初公開作品に加え、これまでの展覧会ポスターの展示やブリヂストン美術館開館当初から続く土曜講座の記録などのアーカイブも大きな見所になっている。特に戦後、海外渡航が自由化される前、4回にわたって行った正二郎の海外美術館視察の詳細な記録が興味深い。訪問先や視察のルートなどが地図と共に紹介され、コレクション充実にかける熱意を雄弁に語りかけてくる。
上記で紹介したいずれの企画展も面白い。フレデリック・ワイズマンが14年に監督した「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」という記録映画を観た時の印象と似ている。筆者を含め、一般の人がアクセスできない美術館運営の舞台裏をこっそり垣間見ているような気持ちになるからだ。「敷居が高そう」と思っていた美術館が、展示を見終わると身近に感じられる。
しかし、今なぜ、美術展についての美術展なのか? 1970年代後半から80年代にかけて、日本では好景気を反映して「美術館開館ラッシュ」が続いた。地方の公共美術館による泰西名画の購入が度々話題にもなった。82年開館の埼玉県立近代美術館も「印象派からエコール・ド・パリへ―その情熱と苦悩」と題した記念展を開き、田中一光のデザインしたポスターにはモネの絵が使われている。もっとも、90年代後半以降、景気が後退したこともあって、美術館運営や収集の予算は軒並み減らされた。
2000年以降は、国立美術館・博物館の独立行政法人化に続き、公立館で民間企業やNPO法人などに運営を委託する指定管理者制度導入の動きが広がった。採算性が厳しく問われ、同時に来館者数の多寡が美術館の実績として評価されるようになった。いわゆる「アカウンタビリティ」や「コンプライアンス」が美術館にも求められる一方で、20年に入ってからはパンデミック下の「不要不急の外出先」として長期閉館を余儀なくされた。
そうした中で、アート・スペースそのものの意義が改めて問われるようになった。美術館運営の「クォリティ」が、果たして入館者数や収益といった「クォンティティ」で推し量れるのだろうか。そのことも、美術展についての美術展の企画に繋がっているような気がする。では、自分にとっての美術館とは何なのか? そのことを各施設を巡りながら見つめ直してもいいだろう。すぐに答えは出ないかも知れないが、幸い、外出が心地よくなっていく季節でもある。
展覧会情報
「扉は開いているか-美術館とコレクション 1982-2022」(埼玉県立近代美術館)
会期: ~5月15日(日)
URL: https://pref.spec.ed.jp/momas/
「開館記念 Hello! Super Collection 超コレクション展-99のものがたり-」(大阪中之島美術館)
会期: ~3月21日(月・祝)
URL: https://nakka-art.jp/
「オルタナティブ! 小池一子展 ――アートとデザインのやわらかな運動」(アーツ千代田 3331)
会期: ~3月21日(月・祝)
URL: https://www.3331.jp/
「はじまりから、いま。1952-2022 アーティゾン美術館の軌跡 ―古代美術、印象派、そして現代へ」(アーティゾン美術館)
会期: ~4月10日(日)
URL: https://www.artizon.museum/
高橋直彦
『マリ・クレール』副編集長。パンデミック直前の2019年、アジアやオーストラリアを回って、各美術館で意欲的な企画が数多く催されていることに心が揺さぶられた。日本の1980年代のような熱気も感じられるのだ。実際、公立、私立を問わず大型施設のオープンやリニューアルも続いている。自省する日本のアート・シーンを横目に、国威とアートの関係についてぼんやりと考えてみるのだが……。
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