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『ハウス・オブ・グッチ』栄枯盛衰、揺るがぬプライド──人々を惹きつけるブランドの「物語」

映画『ハウス・オブ・グッチ』 全国公開中 ©2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED. 配給: 東宝東和

マリ・クレール編集長、田居克人が月に1回、読者にお届けするメッセージ。現在公開中の映画『ハウス・オブ・グッチ』。ラグジュアリー・ブランド創業家の劇的な運命を描いた作品を見て、ある思い出が脳裏をよぎり──。 1月27日発行号の巻頭言を掲載します



日本でのブランドブームを支えたものは

2021年はラグジュアリー・ブランドの周年事業が相次ぎました。

「ルイ・ヴィトン」ではメゾンの創業者、ルイ・ヴィトンの生誕200周年を迎え様々な特別プロジェクトが企画され、ルイの伝記小説『Louis Vuitton, l’audacieux』(「ルイ・ヴィトン、大胆な人」の意)がフランス人作家、キャロリーヌ・ボングランによって執筆され10月に出版されました。日本語版も今年出版される予定です。またルイ・ヴィトンの旅に着想を得たゲームアプリの配信、200人のアーティストと共同制作したウィンドウディスプレイ、ドキュメンタリー番組放送など、ルイ・ヴィトンのクリエイティビティを様々な形で知ることができた年でした。

またイタリアで1951年、アキーレ・マラモッティが創業した「マックスマーラ」は昨年、ブランド創立70周年を迎え、アニバーサリーを記念したポップアップストアを百貨店に設け、「101801」や「テディベアコート」といったアイコンコートとバッグに創業年「1951」のアップリケを施し、「70周年アニバーサリーカプセルコレクション」を展開しました。

このようにブランドの歴史や成り立ちを知らしめることは、作る側にも消費者にとっても助けになります。そこにPRの重要性を今さらながら感じます。パリではPRのプロフェッショナルを育てる専門学校もあり、数多くの卒業生がラグジュアリー・ブランド業界で活躍しています。

70年代から80年代にかけて、日本で第1次ブランドブームが起きると、多くのファッション誌は、ブランドの成り立ちや歴史を誌面で紹介しました。「暖簾」や「伝統」に対して敬意を払う日本人は、それらのストーリーにおおいに関心を示し、ブランドブームはさらに第2次、第3次と続いていったのです。

ブランドビジネスが世界的に大きなビジネスとなり、大都市に世界中のブランドが出店している現在、ブランドの歴史や成り立ちまでも熟知して、購入している消費者がどれほど存在するのかはわかりません。

NHKスペシャル「家族の肖像」で放映された内容が単行本に。『グッチ家 失われたブランド イタリア名門の栄光と没落』中村雅人著(日本放送出版協会)

「グッチ」も昨年ブランド創設100周年を迎えました。昨年は天王洲で100周年を記念した展覧会「Gucci Garden Archetypes」を開催し、クリエイティブ・ディレクター アレッサンドロ・ミケーレが描くビジョンや哲学をいろいろな角度から紹介しました。

現在公開中の映画『ハウス・オブ・グッチ』(リドリー・スコット監督作品)は大変な人気を呼んでいますが、この映画では現在の「グッチ」ではなく、1921年にグッチオ・グッチによってフィレンツェで創業されたブランド「グッチ」が、いかに世界的なブランドに成長し、またいかに崩壊の道をたどったかを描いています。

中央公論社で『マリ・クレール』を作っていた時代といえば今から20年前にもなりますが、その当時、知人からどうしても会ってほしい人がいると頼まれたことがありました。定刻に約束の場所、ホテルオークラのレストラン「ラ・ベル・エポック」に行くと、日本のビジネスマンらしき方と、銀髪のラテン系の方がすでにお待ちになっていました。日本のビジネスマンは金融機関の方、そして銀髪のイタリア人はロベルト・グッチ氏。1921年に「グッチ」ブランドを創立したグッチオ・グッチの次男アルド・グッチの三男、つまり創業者のお孫さんに当たる方でした。日本でのビジネスを始めるにあたり、メディアの人間を呼びたかったのでしょう。「クオリティはグッチと同じだ」と、自分のブランド「ハウス・オブ・フローレンス」について説明してくれました。

「グッチ」は創業家の内紛のため、すでにその当時はグッチ家の手を離れ、全く別の資本の下に経営されていたのですが、ロベルト・グッチ氏が来日した目的は、彼が新たにフィレンツェで立ち上げた革製品やシルク製品を製造販売するブランド「ハウス・オブ・フローレンス」の日本での事業展開のパートナーを探すためでした。1998年、NHKはドキュメンタリー番組「グッチ家 失われたブランド イタリア名門の栄光と没落」を放映し、一族内での内紛のため、祖父の起こしたブランドを失ってしまったグッチ家の悲劇を描き出しました。

この番組の反響は大きく、それまでブランドビジネスとは関係がなかった方たちの関心も呼び、その夜、会食の席にいらした方は、日本でのビジネスパートナーだったのです。

「ハウス・オブ・フローレンス」は東京に出店したそうですが、残念ながらうまくいかず、短期間で撤退しています。その後フィレンツェの街で子犬を連れて散歩するロベルト・グッチ氏と偶然お会いする機会がありました。犬の散歩にもかかわらず、きちっとした格好で歩く姿に「グッチ」創業家のプライドを見た思いがします。

「グッチ」は映画に描かれているように創業家の内紛のため経営が変わり、その後トム・フォードがクリエイティブ・ディレクターを担当して不死鳥のように再生し、また現在はケリンググループの大黒柱として、環境問題への旗振り役としてもその存在感を高め、大変な影響力を持つブランドとして君臨しています。たとえ経営者が変わろうと、歴史ある「ブランド」というものが持つパワーを改めて認識しました。

2022年1月27日

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