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おじさんをウォッチし続けて30年以上のイラストレーター なかむらるみさん

【go'in my way】自分の信じる道を歩み続ける人へのインタビュー。独特なタッチでおじさんたちの生態を描き続けるおじさんイラストレーターのなかむらるみさんに、おじさんのなにに惹かれるのか、おじさんのどこが愛くるしいのかをお聞きました。おじさんをウォッチし続けて30年以上、なかむらさんの類まれなおじさん愛をお楽しみください。

おじさんの魅力にめざめた銀座での個展

小さいころから絵が好きで、モチーフのひとつにおじさんもよく取り上げていた。

「小学校の卒業記念で作ったマグカップの図柄がおじさんなのです。当時は意識していなかったのですが、そのころから好きだったのですね。なんとなく、おじさんの魅力を意識するようになったのが、高校生のとき。美術のおじさん先生が銀座で個展を開くというので訪ねてみると、終わったあとに、画家仲間のおじさんたちと、乾きものを広げてビールを飲み始めたのです。私は会話に加わることもなく、差し入れのお菓子とかもらっている。それがとても居心地がよくて。学校生活では周りは高校生だけ。ふだん見ることのない、おじさんたちの話やしぐさが、とても新鮮に感じられました」

美術大学進学を機に、行動の範囲と交友関係の幅が広がる。古本屋や居酒屋に行くと必ずおじさんがいて、その姿がなんとも面白くて、意識的におじさんウォッチを始めた。あちこちと街中を探索し、街行くおじさんをデジカメで撮らせてもらい、それをもとに自宅でイラストにする。

「当時は、世間のイメージとして、おじさんを否定的にとらえる見方がある一方で、たとえば少女漫画に出てくるおじさまのように、理想化した見方のふたつがあったと思います。でも、私はそうした類型化されたおじさんではない、おじさんの姿が描きたかったのです」

人の物をのぞくおじさん(なかむらるみ『おじさん図鑑』p68より)

一口におじさんといっても、何歳ぐらいからそれに当てはまるかは、人それぞれ違う。なかむらさんにとってのおじさんの定義はというと……。

「聞かれたときは、だいたい55歳以上の方と答えています。50歳ぐらいじゃ、おじさんじゃないのですよね。おじさんが沁みこんでいるというか、おじさんと呼ばれ慣れているのがおじさんなのです。なんだか、おじさんは、おじさんを気にしていないゾーンに入っているのです。ぶしょうひげとか、顔のしわとか、いいですよね。絵を描くときに、直線を加えるとおじさんではなくなるのです。フォルムが曲線でできているのが、おじさんなのです」

後にはひけない思いでイラストレーターを目指す

広告会社のクリエーターを夢みた時期もあったが、最終的にイラストレーターとしての自立を目指すことにした。

「大学進学のころがちょうどテレビCMの全盛期で、私も漠然とクリエーターの仕事に憧れました。ところが、よくよく聞くと、クリエーターは、自分の企画アイデアをプレゼンテ―ションしなくてはいけなくて、その能力も問われるとわかったのです。とにかく私は、話すことがほんと苦手で、アルバイトの採用面接にも、ほとんど落ちてしまうぐらい。それで、クリエーターは無理だと思い、断念しました。

それで、就職活動をする際に、自分はなにができるかを考えたときに、やはり会社員は無理だと思いました。いろいろ考えた末に、自分にはイラストしかないと思ったのです。まったく根拠のない自信です。美大ではイラストは学ばなかったので、我流です。それでも絵を描くことは好きで、ずっと続けていました。それで、これしかないと思い、就職ぜずに、イラストレーターの道を目指すことにしたのです」

大学卒業後、大学の教務補助員のアルバイトのかたわら、出版社やデザイン事務所への絵の売り込みを続けた。

「売り込みは、全く相手にされないこともあって、くじけそうになったこともありました。それでも、おじさんのイラストをいろいろな人に見てもらって、褒めてくれる人もいたので、その言葉を信じて売り込みを続けました。両親には『イラストの仕事で食べていく』と伝えていましたし、自分で就職はしないと退路を断っていたので、後にはひけない思いもありました」

 撮影 繁田統央

28歳のときに週刊誌の連載担当を任され、イラストレーターとして独り立ちした。大学の友人が編集者になったこともあり、31歳の2011年に初の著書『おじさん図鑑』(小学館)を刊行し、一躍、おじさんウォッチャーの第一人者として脚光を浴びる。結婚は30歳で、2017年に第一子の女子を授かった。

「『おじさん図鑑』を出してから子どもが生まれるまでの、30代前半の6年間はほんと忙しかったですね。最高で雑誌の連載を4本抱え、新規の企画の提案をもらったり、テレビの仕事とかいただいたり、なんだか自分で『駆け上がった』感でいっぱいの時期でした。その反動なのか、早く仕事を再開するなら、保育園に預ければいいのに、ぐずぐずしているうちに時間が経って、結局子どもは幼稚園に通わせることになりました。もちろん、仕事を続けたいと思っています。でも、無理に気持ちを引き立てるのではなくて、そのときの自分の気持ちに素直でいる方を選びました」

ライフワークとして「稀有な存在」をウォッチし続ける

子どもの幼稚園通いをきっかけに、徐々に仕事の量を増やしつつあるものの、ライフワークであるおじさんウォッチはコロナ禍で頓挫しているのが現状だ。おじさんを観察するための街歩きしにくいからだ。一日も早く、ふだんの暮らしが戻ってくることを願いつつ、なかむらさんは、40代以降のこれからの活動をこう語った。

 「『おじさん図鑑』を出してから10年が経ち、この間、おじさんの生態も随分変わりました。最近とくに気になっているのが、ファン付のジャンパーです。建設関係の作業着から始まって、いまではおじさんたちも着るようになりました。10年前にはなかった風景です。iPhoneを持っているおじさんも普通になりました。コロナ禍でガーゼマスクが絶滅しそうで、これも描いておかなきゃという気持ちもあります。こうしたおじさんの生態の変わりようを更新し続けていきたいですね。おじさんイラストレーターを名乗る自分には、その責任があると思うのです。私にとっておじさんとは、私をイラストレーターにしてくれた稀有な存在です」      

なかむらるみさん プロフィル

1980年、東京都新宿区生まれ。イラストレーター。武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科卒業。学生時代から、おじさんのおもしろさ、奥深さに興味を持ち始める。著書に『おじさん図鑑』(小学館)『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。普段は雑誌、書籍などを中心にイラストを描いている。「東京新聞ほっとWeb」、「七緒」にてイラスト連載中。趣味は、旅行先で絵日記をかくこと。共著の『おじさん酒場』がこの夏、ちくま文庫より増補新版として刊行される。

HP:www.tsumamu.net

『おじさん図鑑』小学館 1,100円

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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