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時代のアイコンとなった母と娘、ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールの関係に娘が初めてのレンズを向けた

ジェーン・バーキンが世界中から惜しまれながら7月16日に逝去した。フレンチポップのレジェンド、セルジュ・ゲンズブールの元パートナーであり、シャルロット・ゲンズブールの母親。ジェーンとシャルロットは、常に時代の注目を浴びながら「世界一有名な母と娘」として生きてきた。愛する人の死や気まずさなど多くの感情が横たわる2人の関係に、シャルロットが初めての映画撮影という形で自ら迫ったドキュメンタリー作品が公開される。シャルロットに母への想いをインタビューで聞いたのは、ジェーンが亡くなる約1ヶ月前だった。2人の素顔と言葉がつぐむ穏やかな時間の中に流れる母と娘の普遍的な愛と詩が、今、なおさらに心に迫る。

シャルロット・ゲンズブール
cover photo: Serge Leblon
dress: Saint Laurent by Anthony Vaccarello

日本時間の夜10時頃、パリの昼下がりの光の中、シャルロット・ゲンズブールがPC 画面の向こうに現れた。少し暑い様子で白いTシャツの袖を捲り上げ、予想通りのスタイリッシュだが飾らないその出で立ちを見て、なぜか嬉しくなる。「フレンチアイコン」といえば、シャルロットと彼女の母のジェーン・バーキンの名前が今でも筆頭に挙がるだろう。ともに女優、歌手として活躍してきた2人だが、シャルロットは「サンローラン」のアンバサダーも務めている。ジェーンは東日本大震災直後に来日し、復興支援コンサートを開くなど、親日家としても知られる。それは長女のケイトの影響もあったかもしれない。写真家として活躍したケイトは、作曲家ジョン・バリーとの間に生まれた娘でシャルロットの姉だが、残念ながら2013年に自ら命を絶つ不幸が訪れる。その後のジェーンの心身共の変化は、この拭えない悲しみがもたらしたものだと作品の中でも語られている。ケイトが特に愛した京都で、2 人がお茶会を体験するシーンも作品の冒頭に登場する(偶然だが、その時のエピソードが本誌5月号の編集長による巻頭の文章で触れられている)。

シャルロット・ゲンズブール

映画が日本から始まることを、シャルロットは自然の流れとして語り始めた。「最初に母に撮影の話をした時にちょうど日本でのコンサートがあったので、母との特別な時間を過ごすにはぴったりの機会だと思いました。当初は、ジェーンという母とその3人の娘の関係を描く予定で、日本はケイトで、私がNY(ケイトの死後に移住)、フランスはルー(3女で父は映画監督のジャック・ドワイヨン)というそれぞれの場所で撮影する計画だったのです」

しかし日本での撮影後、ジェーンが否定的な感情になり、ルーが「これはあなたのパーソナルな映画だから」と出演を辞したことで、一旦計画は座礁。撮影再開は2年後の新型コロナのパンデミック中だった。「一緒に東京での映像を見たら母の気持ちも変わったんです。そもそも母の撮影をしたいと考えたのは、私が長くNY にいて母が恋しくなったのと、自分のミュージックビデオを監督した経験がとても楽しくて、作品を撮りたいと感じたのがきっかけでした」

ジェーンとシャルロット
撮影は日本から始まり、シャルロットの住むNY、フランスのブルターニュにあるジェーンの別荘などパーソナルな空間で母と娘の親密な会話が深められてゆく。セルジュ・ゲンズブールが亡くなった時そのままに保存された家を訪れるシーンには、複雑に交錯する2人の想いが溢れる

母への「恋しさ」は、シャルロット自らが母として娘たちと向き合う時間から再び生まれてきたものかもしれない。彼女が12歳の時にジェーンはゲンズブールの家を出て、母と娘は別々の生活を送ることになる。翌年に映画デビューを果たしたシャルロット(85年14歳で『なまいきシャルロット』に初主演)は幼くして自分の世界をもつ。母からは「謎めいた娘」となり、2人は距離を埋められないまま長い年月を過ごす。一方娘は、「自分だけ愛されていないのでは」と他の姉妹たちに嫉妬心を抱いていたという。すれ違う母と娘は、この撮影を通していくつかの思い出の地(ジェーンが家を出てから初めてゲンズブールの家を再訪する!)で彷徨っていた時間と愛情を確認し合うことになる。

ジェーンは享年76 歳。撮影時はノーメイクでシワやシミもそのままの姿で自身と娘たちとの関係を穏やかにかつ悲哀も隠さず、時にユーモアを交えて話す姿が心をうつ。シャルロットの幼い末娘のジョーが登場することで、「おばあちゃん」としてのジェーンはとても自然に存在していた。

ジェーンとシャルロット

「“老い”は私たち女優にとっては特に大きな問題で『気にしない』とは決して言えない。受け入れるには何らかの哲学が必要になります。今の若者はSNS などで見た目の完璧さを求めて“自分自身”でいられない恐れを抱いているのが悲しい。そんな中でジェーンはすごい、とあらためて感じました。最初は綺麗に撮ろうと気を遣いましたが、ボサボサの髪のままの母を撮影してみたら逆に唯一無二の存在感が表れてきたのです。母の自分を取り繕わない姿、老いを茶化すお茶目なところも含めて、それこそが美しいのではないかと感じました。一方で、彼女には何歳になってもコケティッシュに振る舞おうとする気持ちもあり、それも素敵でしたね」とシャルロットは語ってくれた。

映画は、シャルロットによる、ある“ラブレター”によって終わる。幼い頃からの「気まずさ」や「遠慮」が真っ直ぐな「愛」の告白に変わる瞬間は、ただナチュラルに美しい。画面には登場しなかった姉妹たちの存在もその場に満ちているような、母と娘の、普遍的で永遠に刻まれる時が止まったような瞬間だ。

最後に「お父様の映画も撮りたかったですか?」という質問に、「もちろん!」と今日一番の笑顔で答えたシャルロットは、“アイコン”(自分ではそう感じていないと言うが)ではない一人の娘、母であると同時に、挑戦を続ける一人の人間として優しく輝いて見えた。

ジェーンとシャルロット

『ジェーンとシャルロット』
監督: シャルロット・ゲンズブール
出演: ジェーン・バーキン、シャルロット・ゲンズブール、ジョー・アタル
上映時間: 92分
公開: ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイント他にて8月4日(金)ロードショー
配給: リアリーライクフィルムズ
www.reallylikefilms.com/janeandcharlotte

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