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<行定勲のシネマノート>第6回 ジャームッシュの息子

Photo by MARY CYBULSKI (c)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

【4月26日 marie claire style】人生に影響を与えられ、なんだかわからないけど好きだという感覚を味わわせてもらった映画を作った監督の作品は、その後どんな駄作や迷作だったとしても許せるものだ。きっと今回は冒険しすぎただけだとか、試してみたかったことがうまくいかなかったんだろうなとか、知らぬうちに好意的な受け取り方で弁護している。私にはそう思える映画監督が何人かいる。台湾のホウ・シャオシェン、韓国のホン・サンス、フランスのレオス・カラックス、そして最も敬愛するのがジム・ジャームッシュである。

 1986年、私が高校を卒後し上京した年に公開された『ストレンジャー・ザン・パラダイス』を観て以来、四半世紀の間ずっと新作を心待ちにする存在である。独特な画の切り取り方と人物をとらえる距離感。音楽とストーリー展開の魅力に取り込まれ、その抜群なセンスに憧れた。私は撮影現場で「ここはジャームッシュ風に!」と彼の横移動のショットを何度も真似たものだ。ジャームッシュ映画の精神を享受し、そのDNAを受け継ぎたいとさえ思っている。もはやジム・ジャームッシュの息子なのだと勝手に自負しているほどに。

 それくらい好きなのだから、彼の4年ぶりの最新作『パターソン』は、観る前から期待で胸が膨らんだのは言うまでもない。主演は『スター・ウォーズ』の新シリーズでカイロ・レンを演じたアダム・ドライバー。ニュージャージーにあるパターソンという小さな町で路線バスの運転手をしている、その町と同じ名前をもつパターソン。ささやかな日常の中に起こるちっぽけだが人生を肯定できるような出来事を描いた。それはジム・ジャームッシュの集大成ともいえる優しくて少しだけ残酷な傑作だった。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のときに30代だったジャームッシュも65歳。本作は熟練された静謐な画と削ぎ落とされたシンプルな構造で、気を抜いていると過ぎ去っていく時間を映画にしているような巧みな作品。いい意味でジャームッシュも歳をとったなと嬉しくなった。そして、晩年の小津安二郎監督の映画に似たものを感じた。若い頃から「Ozu Children」だと語っていたジャームッシュは『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の競馬の場面で、出場している馬の名前に「TOKYO S TORY(東京物語)」と名付けるくらいリスペクトしている。何よりもジャームッシュの映画は、くり返される日常を描くために主人公の生活のループを場面ごとに同じアングルから切り取って積み重ねるという小津の映画表現をしっかりと受け継いでいる。本作でもそのくり返す日々のループが断たれた瞬間に、胸が締め付けられるような思いにさせられ感動した。まさにそれは小津映画を観たときに得られたような情感であった。やはり、ジム・ジャームッシュは小津安二郎の息子であることを『パターソン』を観て確信した。だとしたら、私は小津安二郎の孫? そこに達するまでの道のりはまだまだ長い。

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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