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<行定勲のシネマノート>第3回『長江 愛の詩』

(c)Ray Production Limited, Lemon Tree Media Company Limited.

【3月8日 marie claire style】中国映画が世界に一大旋風を巻き起こしたのは1980年代の初頭のこと。中国第五世代と呼ばれ、今では巨匠になった『黄色い大地』の陳凱歌(チェン・カイコー)、『紅いコーリャン』の張藝謀(チャン・イーモウ)、『盗馬賊』の田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)は世界に衝撃を与えた。暗く重苦しい叙情的な映像がスクリーンに映し出され、そこには緊張感が張り詰めていて、人間の生き方を深く問う作品ばかりだった。その頃、私が観た一連の中国映画は、大国のある側面を暴くような土着的な物語とリアルな演出で描かれ、我々に中国のイメージを深く根づかせたと思う。

 あれから時代は進み、現在は中国第六世代が躍進している。『長江哀歌』や『罪の手ざわり』のジャ・ジャンクー、『ふたりの人魚』や『ブラインド・マッサージ』のロウ・イエは、カンヌを始め世界の映画祭を席巻している。そして、彼らと並んで途轍もない才能で世界を驚愕させている映画監督ヤン・チャオ。ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した映画『長江 愛の詩』を撮りあげた。この映画は10年の歳月をかけて構想された、長江を遡っていく河上のロードムービーである。

 亡くなった父から譲り受けた貨物船の中で”長江図”という詩集を発見する男、ガオ・チュン。上海から長江を遡る旅の道程で彼は謎めいた女、アン・ルーと何度もめぐりあう。不思議なことに長江図には、彼女と再会した河岸の街のことが綴られていた。ガオ・チュンは一人の女の歴史を逆さに遡っているのか。そして、最後に辿り着いた長江の水源の荒涼たる彼岸で彼が見たものは・・・。俊英ヤン・チャオは、今までの壮大な映画を継承しつつも、独創性溢れる幻想譚を手がけ、改めて中国の大きさを表現した。この映画の撮影をしているのは、私の映画『春の雪』のカメラマン、李屏賓(リー・ ピンビン)である。彼の撮影は基本的にワンシーン・ワンカットでその場面のすべてを映し出す。今までも彼の撮る画には驚かされてきたが、この映画では見たこともないような驚異のショットが連続する。孤島の部屋で手紙を綴る女を捉えていたカメラが、窓の奥に船が現れると移動ショットでその舳先に立つ男を捉え、船が去っていくと次にそれに気づかないまま手紙を書いている女を再び映し出す。女と男が刹那に存在しているが、気づかずにすれ違う。その偶然性を見出す流麗なカメラワークで運命を表現する撮影は、神がかっているとしかいいようがない。まさに映画史に残る美しいショットである。すれ違う男と女の因果とともに長江を遡るこの壮大なラブストーリー『長江 愛の詩』は、中国映画の持つ大きさを新しい世代のアプローチで描いた傑作である。

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回釡山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひとサバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』が公開された。最新映画は、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』。

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(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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