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あの名曲が香水に——話題のニッチフレグランス「Art Meets Art」を生んだタンギーさんが語る

もしもあの名曲が香水になったら——「Art Meets Art(アート ミーツ アート)」は、そんな突拍子のない発想を具現化し、2017年にパリで誕生したニッチフレグランスブランドだ。2023年11月に日本上陸を果たした話題のニッチフレグランスブランドの創業者、タンギー・ル・ボーさんにパリで話を聞いた。

世界的に著名な音楽とコラボレーションしたニッチフレグランス、Art Meets Art。ニッチフレグランスとは、小規模生産の個性的な香水を指す。ブランドを立ち上げたのは、ロレアルのフレグランス部門などで長年にわたり経験を積んだタンギー・ル・ボーさん。音楽と香りのコラボレーションは、著作権者へのアプローチから始まり、複雑な権利関係をクリアした上で、世界最高峰の調香師たちにクリエイションを委ねることで完成する。例えば、世界的に有名なアーティストの一人でもあるマドンナの名曲と、香水界のレジェンド調香師、アルベルト・モリヤス氏とのタッグは、香水業界、音楽業界双方から驚きをもって迎えられた。日本には昨年11月に初上陸。自身の生い立ちからブランド立ち上げに至る経緯、名曲や調香師とのコラボレーションのプロセス、ビジネスの展望などを語ってもらった。

「香水と音楽」その必然的な出会い

——タンギーさんがフレグランスの世界を志したきっかけが気になりました。

私が育ったパリの街では、あまりにも素晴らしいことが常に起こっていて、日々ワクワクしながら過ごしています。パリの魅力は底知れず、慣れるということはありません。この街で生まれ育った私は、一つの文化ともいえる「パリの美しさ」に対し、一人のパリジャンとしてどうにか貢献したいという思いをずっと抱えてきました。
「香り」には元々興味がありました。五感の中で嗅覚は時に忘れられがちですが、人間が豊かに生きるために非常に大事な要素です。幼い頃から食の香りに目覚め、興味を持ちました。ガストロノミーの延長線上として、ワインの香りに親しみました。そのあとで、香水の世界にたどり着いたのです。ロレアルでキャリアをスタートさせたのは、ビジネスを通じて、この目には見えない感覚の世界にどうしても近づきたかったからです。

——2017年にArt Meets Artを立ち上げました。音楽と香水。聞いたことのない組み合わせです。

香りへの興味に加え、幼少期から音楽が大好きでした。世界中の音楽に好奇心を持って触れ、心惹(ひ)かれてきました。聴くだけでなく、ミュージシャンとして歌手やギタリストとしても活動しています。音楽はとてもエモーショナルな世界。アーティストは音楽を通して感情を表現し、伝えます。それは香りも同じ。フレグランスの香りは、つける人の記憶や感情を呼び起こします。音楽と香水というエモーショナルな2つの要素が出会ったら、素晴らしい価値を提供できるのではないかと思いました。この2つの「Art」は、出会うべくして出会ったのです。

「やったことがない仕事」一流調香師から得た共感

――香水にする音楽はどうやって「選曲」するのでしょうか。

自分の趣味だけを反映した視点で選ぶことはしません。次の三つのフィルターで選曲します。第一に、文化的な地位を確立したアイコニックソングであること。時代を超えて愛される名曲は、世にたくさんあります。次の視点が、詩的で、インスピレーションを与えるようなタイトルをその曲が持っているということ。最後に、香りを思い浮かべることができる音楽であること。この視点で厳選した4曲「Like a Virgin(マドンナ)」「Besame Mucho(サラ・モンティエル)」「Sexual Healing(マーヴィン・ゲイ)」「Lilac Wine(ジェフ・バックリィ)」はどれも、お客様が見た時に「どんな香りがするのだろう」とその興味をかき立てられるでしょう。インスピレーションの余白のある香水にしたかったのです。いい香水には美しいストーリーがあります。さらに、いい香水には自己投影ができます。商品化した4つの名曲はすでに美しいストーリーを持っている。つける人それぞれが、それらの曲に対する思い入れや感情体験を持っている。その曲の香水をつけることによって、何かを思い出したり、あるいはブランドとの距離感を縮めたり。つける人と一緒に物語を作っていきたいのです。

——コラボした音楽、調香師ともに世界最高峰です。

思いやビジョンがあっても、音楽の著作権者から許諾をもらわなければ、香水にできない。ブランド立ち上げ当初は商品がない中でしたが、いいものを作り上げるという熱意をもって話し合いを重ねました。名曲のタイトルを公式に使った香水は世界初です。大変なステップでしたが、達成感があります。
クリエイションをお願いした調香師も、まさにレジェンド中のレジェンド。世界中の香水ブランドが、喉から手が出るくらいに欲する、素晴らしい方たちです。なぜ、Art Meets Artのクリエイションを引き受けてくれたのか。それは、彼らが革新的なコンセプトに共感し、「やったことがない仕事だから面白い」と、ピュアな気持ちでやってみたいと思ってくれたからです。調香師には全幅の信頼を置いています。世界観やストーリーとともに曲を調香師に提供したら、あとはプロに委ね、できるだけ自由に香りを作ってもらいます。音楽も香りも形のないもの。曲が持つ豊かな世界観と調香師の創造力が相まって、美しい香水が生まれるのです。

1曲ずつ、ヘッドホンで曲を聴きながら、香りを試させてくれた

曲とリンクし、「Mojo」を持った4つの香水

――Art Meets Art代表作の「Like a Virgin」。曲調と香りから受ける直感的な印象、そのマッチングに驚きました。

この香水は、数々の名作を生み出してきた香水界の巨匠、アルベルト・モリヤス氏がクリエイションを行いました。「Like a Virgin」はマドンナの大ヒット曲。この曲は別の作曲家からの提供を受けてマドンナが訳した(歌った)ものですが、その時のフレッシュさや、曲のタイトルから連想されるピュアさを大事に、香りとして表現しました。キラッとした光沢があるような印象も受けませんか? この輝きの部分は、フリージア、ピオニー、バラの香りが織りなしています。魅惑的な雰囲気で全体をまとめているのは、アンバーをベースにしたアンブロックスという香りです。
自分を高めてくれる魔法のようなものをMojo(モジョ)といいますが、「Like a Virgin」「Besame Mucho」「Sexual Healing」「Lilac Wine」、それぞれ身にまとった瞬間から、自信やエネルギーをもらったり、自分を上に引っ張ってくれるような力を感じたりするでしょう。気分に合わせて聴く音楽を選ぶように、香水もプレイリストのような感覚で選んで欲しいです。

4商品のキービジュアル。それぞれに使われている香りの要素がビジュアル内に使われている

「日本でこそ、Art Meets Artを受け入れてもらいたい」

——フランスは香りの文化の中心。Art Meets Artはどう受け止められていますか?

数多くの大手ブランドが存在する香水大国フランスでは、大きなフレグランス専門店が市場の多数を占めており、ニッチレングランスがポジションを確立するのは容易ではありません。ニッチフレグランスを扱うお店はいくつかあり、例えば、パリの世界的な香水セレクトショップ「Jovoy」でArt Meets Artの取り扱いがあります。ニッチなコミュニティではありますが、「今までに見たことがなかったコンセプトだ」と、ポジティブな声をいただいています。

——日本には2023年11月に進出。実店舗販売の海外進出は3か国目と早い進出でした。

日本では、東京・麻布台ヒルズの「NOSE SHOP 麻布台」のオープンにあわせて販売を開始したほか、「NOSE SHOP 池袋」「NOSE SHOP オンラインストア」でも展開を始めました。NOSE SHOPは、世界中のニッチフレグランスを販売するセレクトショップで、むしろフランスにはこういったショップがなく、ユニークです。Art Meets Artの世界観を深く理解してくれるパートナーに恵まれたと思っております。ニッチフレグランスはアジアで高い需要がありますが、日本を進出先に選んだのには意味があります。フランスと同じように、日本の消費者は美しいものに対し非常にセンシティブで、ブランドの哲学への理解があります。その日本でArt Meets Artを受け入れてもらうことは重要なのです。

NOSE SHOP

——今後の展望を教えてください。

ブランドを急いで拡大させるつもりはありません。ブランドをしっかり理解していただき、お客様やパートナーと一緒にじっくりと成長させていきたいと思います。

interview & text: Shunya Namba @Paris Office

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