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詩情あふれる「ヴァン クリーフ&アーペル」のジュエリーウォッチ。プレジデント兼CEOと時計開発責任者が語る時計作りへの想い

今春、世界各地のウォッチメーカーがスイス・ジュネーブに集って開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(WWG)」。参加48ブランドが趣向を凝らした新製品を各々発表する中、異彩を放っていたのがヴァン クリーフ&アーペルだ。ハイジュエリーのメゾンとして知られるだけに、今年も絢爛たるジュエリーウォッチを数多く披露した。さらに高度な専門技術と伝統工芸が融合したオートマタ(からくり時計)の新作も来場者を驚かせた。右倣えのトレンドや微細なスペック競争とは一線を画し、「ポエトリー オブ タイム」を追究する時計作りはいかにして可能なのか? WWGの出展会場でニコラ・ボス プレジデント兼CEOと時計開発部門の責任者を務めるライナー・ベルナール氏に話を聞いた。

「『ウォッチズ&ワンダーズ』で私たちは、『ワンダー』の部分を主に担っているのかもしれません」。色とりどりのガラスの葉に覆われた幻想的な展示会場で、ボスCEOは微笑みながらそう話し始めた。1906年、パリ・ヴァンドーム広場で創業し、「グランサンク」のハイジュエラーでもあるメゾンの歴史を知る人なら、その一言に納得するのではないか。これまでも、ジュエリーと時計制作の伝統を融合させたユニークなジュエリーウォッチを数多く発表して注目を集めてきたからだ。実際、WWGに出展していたメゾンで「ラグジュアリースポーツ」といった近年の流行や、腕時計の微細なスペックなどをたくさん聞いた後で、ヴァン クリーフ&アーペルのブースを訪れると、それらを超越した詩情あふれる創作世界に心がフッと和まされる。まさに「ポエトリー オブ タイム」の効用だ。

『ウォッチズ&ワンダーズ』の幻想的な展示会場

「時計制作のサヴォワフェール(匠の技)とジュエリー制作のインスピレーションを融合させることで、『時を告げるジュエリー』を表現しています」とボスCEOは話を続けた。その想いが今年見せた「ペルレ コレクション」の新作にも表れている。円形のケースの外周は2連のゴールドビーズで縁取られ、パヴェ・ダイヤモンドやギヨシェ彫刻を施した文字盤はまばゆい煌めきを放つ。一方で時刻を合わせるためのプッシュボタンをケース背面に配し、時計を着けた時にはまったく見えないように工夫してある。「いかに見せないかという意匠にも、私たちのサヴォワフェールが息づいています」とベルナール氏も話す。ベルナール氏自身、こうした「引き算の美学」を日本文化から学ぶ機会も多く、プライベートでも度々来日しているという。同時に発表したペンダントとして身に着けられるシークレットウォッチも装飾性と実用性が絶妙にマッチした逸品だ。

ペルレ ウォッチ
ローズゴールド、ホワイトマザーオブパール、スイス製クォーツムーブメント

ブランドのアイコンでもある「アルハンブラ コレクション」の新作も目を引いた。「幸運」をもたらす四つ葉のクローバーの文字盤の周囲にゴールドとオーナメンタルストーンを交互に配置。「象徴的なデザインなので、ストーンセッティングから研磨までメゾンのあらゆるサヴォワフェールが活かされています」とベルナール氏は話す。「石の選定から品質管理に至るまで15以上の工程を経て、アイコニックなジュエリーウォッチが完成するのです」。もっとも、こうした匠の技も時計制作のツールの一つに過ぎないという。「それらを適切に組み合わせて『ポエトリー オブ タイム』を表現することが大切。それは有限の26文字のアルファベットから無限の物語が紡がれていくプロセスと似ています」

スウィート アルハンブラ ウォッチ
ギヨシェ ローズゴールド、カーネリアン、スイス製クォーツムーブメント

ヴァン クリーフ&アーペルらしいハイジュエリーウォッチの新作も見逃せない。1934年に生まれた「ルド ブレスレット」のエレガンスを讃えた「ルド シークレット」。ケース上下の2つのモチーフを同時に押すと文字盤が表れる。モチーフにちりばめられた同一の輝きを放つダイヤモンドや色調の統一されたピンクサファイアを厳選。メッシュバンドも手作業で組み立てられ、金属製とは思えないしなやかな柔軟性を保っている。

ルド シークレット ウォッチ
ローズゴールド、ピンクサファイア、ホワイトマザーオブパール、スイス製クォーツムーブ

「ア シュヴァル コレクション」にも新しい色遣いの華やかなウォッチが加わった。1点はブルーサファイアがダイヤモンドをちりばめた文字盤を飾り、もう1点はピンクサファイアがブレスレットに沿って繊細なグラデーションを表現する。「こうした色調を整えられるのも熟練した職人のセッティング技術の高さと、宝石鑑定士の厳しい審美眼があってこそ」とベルナール氏はその出来映えに満足げな様子。

ア シュヴァル ウォッチ
プラチナ、ホワイトゴールド、サファイア、ダイヤモンド、スイス製クォーツムーブメント

「レディ フェアリー ウォッチ」の新作もメゾンの美学を色濃く反映している。直径33ミリのローズゴールドのケースに自動巻きムーブメント、ジャンピングアワー、そしてレトログラード分表示を搭載。今、何分かを文字盤にあしらわれた妖精が示してくれる。ベルナール氏によると、パールホワイトから鮮やかなフューシャまで4色を使って夕暮れの空を表現した文字盤は、メゾンの職人たちが10回以上の試作を重ねた末にようやく完成した。妖精の羽を彩るエナメルも、文字盤と調和するよう自社のエナメル工房で調製された。「ジュエリー制作と職人たちの卓越した技術が一体となり、詩情に満ちたウォッチに命を吹き込むことができました」とボスCEOも喜ぶ。

レディ フェアリー ローズゴールド ウォッチ
ローズゴールド、ホワイトゴールド、ピンクサファイア、ダイヤモンド、ホワイトマザーオブパール、不透明エナメル、プリカジュール エナメル、自動巻き機械式ムーブメント

こうした「ポエトリー オブ タイム」を追究するメゾンの伝統を端的に象徴しているのが、今回発表した3点のオートマタと言ってもいいだろう。ボスCEOも「これらのオートマタを見てもらえば、私たちのメゾンがどのようなクリエーションを目指しているのかを実感してもらえるのではないでしょうか」と話す。「プラネタリウム オートマタ」は、直径66.5センチ、高さ50センチのサイズ(開閉するドアを閉じた状態)に太陽系の惑星を配置して、それらが実際の公転周期で起動を一周する。それらが機械式のムーブメントで精密に制御されているとは驚きだ。「フロレゾン デュ ネニュファール オートマタ」はフランソワ・ジュノ氏のアトリエと共同で制作され、花が開くと蝶が姿を現し、本物と見間違う自然なリズムで数秒間羽ばたく。何ともロマンティックなオートマタだ。「エヴェイユ デュ シクラメン オートマタ」は、シクラメンのブーケに見立てたフラワーアレンジメントの中央に止まった蝶が舞う。ローズゴールド、イエローゴールド、そしてラッカーで表現された可憐な花が、流れゆく時間を照らし出しているようだ。

プラネタリウム オートマタ
高さ:約50cm、幅:66.5cm(ドアが閉じている状態)108cm(ドアが開いている状態)

もっとも、こうしたオートマタが実生活で必要不可欠というわけではない。購入できる資力を備える人も少ないだろう。それらに莫大なエネルギーを注いで作り続けるのはどうしてなのか? ヴァン クリーフ&アーペルにとってオートマタは創業以来、作り続けてきた置き時計やテーブルオブジェの系譜に連なるものだという。2017年にオートマタを発表して、その伝統を復活させた。「希少な技術を広く知ってもらい、次世代に引き継いでいく責任が、私たちのメゾンにはあると思っているのです」とボスCEOは話す。

フロレゾン デュ ネニュファール オートマタ
高さ:約27cm、幅:21.5cm

ヴァン クリーフ&アーペルはこれまでも世界各地でハイジュエリーに関する展覧会を企画したり、宝飾の世界について学ぶ場を提供する「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」を支援したりしてきた。今年1月から5月にかけてJPタワー学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」で、レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校と東京大学総合研究博物館と共催による「極楽鳥」と題した特別展示も開催したばかり。「私たちは営利企業ですが、これらの取り組みが潜在的な顧客の開拓につながり、スタッフの教育にも資すると考えて活動を続けています。そして実際、成果をあげているのです」とボスCEO。デジタル全盛の時代、あえて手仕事によるアナログの魅力を表現するヴァン クリーフ&アーペル。その詩情あふれる創作世界に多くの人が魅せられている。

エヴェイユ デュ シクラメン オートマタ
高さ:約27cm、幅:21.5cm

text: Naohiko Takahashi
photos: © Van Cleef & Arpels

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Profile

Nicolas Bos / ニコラ・ボス

ヴァン クリーフ&アーペル プレジデント兼CEO 1992年にカルティエ現代美術財団に参画し、リシュモングループにおけるキャリアをスタート。その後2000年、リシュモングループの傘下に収まって間もないヴァン クリーフ&アーペルに移り、ハイジュエリーメゾンのクリエイティブディレクター兼マーケティング ディレクターに就任。 店舗コンセプト、店舗開発、国際的ネットワークの構築などのブティックネットワーク、そして腕時計制作へと着実に活動の場を広げ、2009年、クリエイティブディレクターを兼ねつつヴァン クリーフ&アーペル ヴァイス プレジデントに就任。2010年にはさらに、ヴァン クリーフ&アーペル アメリカ プレジデントに任命され、2013年1月1日、ヴァン クリーフ&アーペル プレジデント兼CEO に就任。

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