×

理屈抜きで見入ってしまう戦後の民衆木版画。その魅力の源泉を東京・町田の郊外で考える【what to do】

民衆のたくましさと力強さが伝わってくる版画

鈴木賢二《署名》1960年、木版、915×910mm、町田市立国際版画美術館蔵

【関連情報】カンヌ特別表彰『PLAN75』が映す近未来に背筋が寒く。日本人をモデルに比監督が描いた『義足のボクサー』に感動

あるいは、鈴木賢二の「署名」という60年の作品。東京・雑司が谷で日雇い労働者の運動に関わり、彼らの姿を生き生きと描いた。作品からは民衆の力強さが伝わってくる。さらに北海道から沖縄まで約35都道府県の計約80冊の版画集なども展示され、観ていて飽きない。第1章の「中国木刻のインパクト 1947-」から6章の「教育版画運動の開花 1950年代-90年代」まで、計400点の作品や資料を通して、これまで知られることのなかった版画史に光を当てた。企画を担当した学芸員の周到な準備と展示の技法に心底敬服する。

会場には全国各地で制作された多彩な版画集も展示されている。許されるなら、実物を手にとってページをめくってみたい(撮影・高橋直彦)
石川県羽咋郡志賀町立下甘田小学校(指導:前田良雄)《版画と詩 百姓の子》1959年3月10日、木版・謄写版、246×180mm、志賀町蔵
東京都府中市立府中第八小学校6年生20名(指導:前島茂雄)《新宿西口駅前》1970年、木版、900×1800mm、府中市立府中第八小学校蔵

かすれ、ずれ、そして滲む……。手仕事で刷り上げられた作品群は、企画担当者が意図せずとも、精密なデジタル全盛の時代に対する雄弁なアンチテーゼにもなっているような気がする。じっと見つめているだけで、ホッとするのだ。ただ、心配なのは、こうした作品や資料が散逸してしまうこと。今回の企画展が、アノニマスな創作を系統立ててアーカイブしていくよい機会になればよいのだが。展示は7月3日まで。期末が迫っているが、細部までキュレーションの冴え渡った必見の企画展である。

お問い合わせ先

会期:~7月3日(日)
会場:町田市立国際版画美術館
住所:東京都町田市原町田4-28-1
時間:10:00~17:00 土日10:00~17:30
観覧料:一般900円、大・高生450円、中学生以下無料
URLhttp://hanga-museum.jp

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。自宅の物置を漁っていたら、幼稚園の時に作った版画作品がごっそり出てきた。彫刻刀を使わない「紙版画」というものらしい。母親が取っておいてくれたもので、半世紀以上前の拙作。よく見ると、ロシア・アヴァンギャルドの作風にも似ているではないかと勘違いし、このページでの掲載も一瞬頭をよぎったが、思いとどまる分別があってよかった。

リンクを
コピーしました