鹿島茂と猫のグリの「フランス舶来もの語り」【かき氷のメロンとイチゴ、フランスでは何の味?】
箱入り娘
この季節の風物詩はなんといってもかき氷! ニューフレーバーが次々と話題になるけれど、緑や赤のシロップがかかったトラディショナルスタイルだってオツなもの。しかし……なぜにあの色、なぜにあの味……? フランス文学者であり、その博覧強記ぶりでも知られる鹿島茂さんが愛猫のグリ(シャルトリュー 10歳・♀)とともに、今では私たちの生活にすっかり溶け込んでいる海外ルーツのモノやコトについて語ります。(本記事は鹿島茂:著『クロワッサンとベレー帽 ふらんすモノ語り』(中公文庫)から抜粋し作成しています)
カフェで見た緑色の液体の正体は
夏といえばかき氷の季節である。
ところで、このかき氷に関して、前々から不思議に思っていたことが一つある。
氷の上に「メロン」「イチゴ」「レモン」のシロップをかける習慣はいつごろから始まったものなのだろうか? いや、問題はこの人工果実シロップ・トリオがいつ日本に出現したのかというかたちで立てたほうがいいかもしれない。
百科事典によると人工果実シロップは戦後の砂糖不足の折りに普及したとあるから、戦前にはこの三色シロップは、本当だろうか。
それはそうとして、この三色のシロップに関して、もう一つ解けない謎がある。「緑=メロン」「赤=イチゴ」「黄色=レモン」という色彩とフレーヴァーの関係はいつどこでだれが決めたのかというものである。
なぜかというと、一歩外国に出ると、日本人にとってはほとんど自明なこの関係がいささかも自明のものではないことに気づくからだ。
たとえばフランスで売っているシロップについていえば、黄色はたしかにレモン・フレーヴァーだが、緑のシロップはスペアミント、つまり緑ハッカだし、赤のシロップはカシスかザクロである。カクテルの味から想像するかぎりではアメリカなどでも同じだろう。
つまり、「緑=メロン」「赤=イチゴ」という関係はまったく日本独特のものなのである。
これに気がついたのは初めてフランスに行ったときのこと。カフェに入り、ほかの客がメロン・ソーダらしき緑色の液体を飲んでいるのを見て、おやフランスにもあんなものが、と同じものを注文したところ、運ばれてきたのは甘い甘いミント・ソーダ。名前を聞くと「ディアボロ・マント diabolo menthe」というおどろおどろしいネーミングである。
さてはこれは悪魔 diable の飲み物かと思ったが、辞書を引くと、ディアボロとはソーダのことで、これに「ミントのシロップ sirop de menthe」を入れたものとある。初めは匂いがきつくて喉を通らなかったが、慣れるにつれてくせになり、最後はすっかりファンになってしまった。
もちろん、フランス人にはこのディアボロ・マント党が多い。そのため、日本で緑のシロップを見つけ、大喜びでソーダで割ってビックリするらしい。しかも、そのフレーヴァーが「メロン」と名づけられているのに二度ビックリするようだ。
そういわれてみれば、あの緑のシロップのフレーヴァーから「メロン」を思い浮かべるにはかなりの想像力がいる。命名者はいったいどこからこんな連想を思いついたのだろう? 小さいが大きな疑問である。
〈グリの追伸〉箱の魅力には勝てませんね。ずっとAmazon派でしたが、最近はRakuten派です。
text&photos by Shigeru Kashima
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