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<行定勲のシネマノート>第38回 大林宣彦監督のこと

配給: アスミック・エース(c)2020「海辺の映画館−キネマの玉手箱」製作委員会/PSC

【5月28日 marie claire style】新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が出され、全国の映画館は休館を余儀なくされた。そんな、未曽有の事態の中、映画界に悲しみの報が流れた。巨匠・大林宣彦監督が亡くなられたのだ。外出自粛の中、毎日のように大林監督が手がけた作品を見返している。どの作品を観ても公開当時のビビッドさは色褪せず、映画の中に大林監督の魂は生きていた。大林監督の映画はすべてが"大林的"なのがすごい。この"大林的"というのは、時間の概念も死も生も性別の境界線も飛び越える自由さにある。そして、専売特許である合成を使った絢爛な絵作りは一見、荒唐無稽さを感じるが、その根幹にある平和や愛を描くテーマは一貫していた。

 私は大林監督が作ってきた、特に青春映画に多大な影響を受けている。助監督の頃に、『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』といった尾道3部作や『日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群』の舞台になった大林監督の故郷、尾道にも訪れたほどだ。

 追悼の意を込めて、劇場用映画デビュー作『HOUSE』を観たが、43年前からすでに大林的だった。すべてが驚きの連続で、奇想天外で観客を飽きさせることのない演出の数々に驚愕した。もともと『HOUSE』は大手の映画会社からスピルバーグの『ジョーズ』のような映画を求められ生まれた企画だった。そこで、大林監督は、娘が考えた「鏡の中の自分に襲われる話」から発想し、少女たちが家に食われるという奇天烈なファンタジック・美少女ホラー映画を提案したのだった。それはとんでもない遊び心に満ちた映画で、従来の日本映画に飽き飽きしていた当時小学生の私たちに大きな刺激を与えた。

 遺作になってしまった最新作『海辺の映画館-キネマの玉手箱』も映像の魔術師らしいエネルギッシュな映像譚で再び私たちを驚きに導いた。戦争を知らない若者たちが閉館する映画館の最後の上映を観ている間に、スクリーンの中に取り込まれ、上映中の戦争映画の世界を旅し、生きる尊さを知っていく。その若者たちが戦争の犠牲になった移動劇団「桜隊」の未来を変えようとする反戦エンターテインメント映画だった。歌あり踊りありの愛と死を描いた約3時間の大林的映像譚は集大成に落ち着くことなく、また新しい表現として私は圧倒された。

 私の最も敬愛する大林映画『日本殉情伝 おかしなふたり~』の製作が頓挫しそうになった時に、製作費の半分ならポケットマネーで出してもいいというプロデューサーの言葉に大林監督は、それならば12コマで映画を撮ろうと提案した。映画は1秒間24コマで撮られるのだが、予算が半分になったのなら12コマで撮影すればいい。しかし、それだと動きが早回しのようになってしまうので、俳優にゆっくり動いてもらえば自然に見えると大林監督は考えたが、それではフィルムが倍かかって普通と変わらなくなってしまうと突っ込まれた。しかし、ラッシュフィルムを見るとその映像が滑稽で面白くて仕方がなく、全編を12コマで撮ったという。逆境から生まれた独自性。それこそが”大林的”なやり方だったのだ。映画監督としての覚悟と執念が大林宣彦の映画からは感じられる。どんな条件でもどんな状況でも、負の要素があってもそれを逆転させて意地でも面白い映画を作り上げた。

 私は大林監督から、映画愛が込められたたくさんの言葉をいただき、それは映画作りの励みとなった。この映画界の危機的状況に大林監督だったらどんな行動をしただろう。「行定ちゃん、俺たちはどんな局面を迎えても泣き言を言わずに、どんな手を使っても映画を作り続けてきたよな」とニヤリと笑ったあの顔を思い出した。

■映画情報
・『海辺の映画館−キネマの玉手箱』
近日公開
公式HP:https://umibenoeigakan.jp/

■プロフィール
行定勲(Isao Yukisada)
1968年生まれ、熊本県出身。映画監督。2000年『ひまわり』が、第5回佂山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。01年の『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにし、一躍脚光を浴びる。04年『世界の中心で、愛をさけぶ』は興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』、『春の雪』、『クローズド・ノート』、『今度は愛妻家』、『パレード』(第60回ベルリン国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』、『真夜中の五分前』、『ピンクとグレー』などを製作。17年は震災後の熊本で撮影を敢行した『うつくしいひと サバ?』、島本理生原作の『ナラタージュ』、18年は岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』が公開。待機作として『窮鼠はチーズの夢を見る』と又吉直樹原作の『劇場』が2020年公開予定。


(c)marie claire style/selection, text: Isao Yukisada

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