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イタリアの就活で人気No.1。小さな村に本社を置くブランドが貫く哲学

地域と結びついた会社作り

6~7年前、「ブルネロ クチネリ」の本社があるイタリア・ウンブリア州のソロメオ村を訪れたことがあります。同社の従業員食堂でランチをしたのですが、これがとてもおいしく、食材はすべてソロメオ村でとれたものを使っていました。ミラノの展示会でも食事が出されますが、こちらも食材は近郊の野菜や肉類を持ってきて来場者に提供しているそうです。

ソロメオ村にあるアートフォーラムの中心であるソロメオ劇場
photo: Brunello Cucinelli Japan

地域との結びつきをこうしたことからも感じさせるブランド「ブルネロ クチネリ」は、他のラグジュアリーブランドと比較すると、それほど古い企業ではありません。創業者のブルネロ・クチネリ氏は1978年にカラフルでタイムレスなカシミアセーターを製造する小さな会社を立ち上げ、ソロメオ村の14世紀に建てられ荒廃していた古城を購入し、そこに本社を移しました。

その後、村の修復に取り組み、教会、劇場や図書館などをアートフォーラムとして作りなおし、職人技術が誇りを持って若い人たちに受け継がれるよう、職人育成学校も創立しました。またソロメオ村の大地を美しい庭園や農業公園としてよみがえらせるための「美を追求するプロジェクト」に取り掛かり、これは2018年に完成させています。

人間の価値とは何か

同社の事業の目的は、「倫理的にも経済的にも人間の尊厳を追求すること」と定められています。これは田舎の農家に育ったクチネリ氏の、農家をやめた後、都会の工場で働く父が職場で侮辱されて泣いていたという記憶から、「人間の価値とは何なのか」を深く思考し、その結果生まれたものです。またさまざまな階層の人たちと、互いを尊重しながら、政治や宗教について語り合い、そこから哲学や歴史に興味を持ったという氏自身の経歴から生まれてきたものなのです。

同社のファッションは、ファッショナブルとか斬新なデザインとかではありません。提案されるスタイルはあくまでハイクオリティで、日常生活の中で着られるスポーティでありながらエレガント・シックと呼ばれるものです。そこに同社の一貫した哲学を感じることができます。

5~6年前だと思いますが、イタリアのある調査では、若者が就職したいブランド企業のNo.1は「ブルネロ クチネリ」だったそうです。

今回のアートイベントは、細川家の代々続く歴史と、自然の中で育まれた日本の美に対するあり方を継承しようとする細川氏の真摯な姿勢に、クチネリ氏の歴史を尊ぶ考えとブランドが共鳴し実現したものです。コロナ禍によって、さまざまなシステムや市場が急速な変化を遂げているラグジュアリーブランド業界にあって、同社のあり方、考え方は、これからのブランド企業の一つの方向性を示しているのではと、とても興味深く、注目していきたいと思っています。

2022年5月26日

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