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対話型AIが注目を集める中、江戸時代の「いにしえ好き」が切り拓いた文化の豊饒に歴博とたば塩で驚く【what to do】

江戸文化サロンのハブだった大田南畝

江戸時代の好古趣味の盛り上がりに関連して、もう一つの展示がたばこと塩の博物館(東京・横川)でも始まっている。「没後200年 江戸の知の巨星 大田南畝の世界」。大田南畝は別号で「蜀山人」とも呼ばれ、狂歌師として有名で、平賀源内や山東京伝、そして喜多川歌麿らとも交友のあった江戸の文化サロンの中心人物だ。岩波書店から刊行された全集も全20巻別巻1の分量になる。もっとも、一般向けの回顧展としては今展が初めてとなるのではないか。

右側の男性が江戸のマルチタレント「蜀山人」こと「大田南畝」

江戸時代の文化を扱う書物や企画展では必ずと言っていいほど名前の出てくる人だが、以前、コーヒーの記事を書くために調べ物をしていて彼の名前を知った。1804年に「瓊浦又綴(ケイホユウテツ)」という随筆を著しており、「紅毛船にて『カウヒイ』といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくして味ふるに堪ず」と記している。日本において最初期のコーヒー飲用体験記とされる。

そんな江戸のマルチタレントの業績を7章に分け、彼の書物や肉筆画など計約180点で紹介している。その中でも「好古」に関連する展示として、3章の「典籍を記録・保存する」に注目したい。コピー機のない時代、貴重な書物を手に入れるためには書写しかなかった。そうした書写に加えて、後期展示(5月30日から)では「寸紙不遺」という狂歌会や芝居関連のチラシ類を張り込んだ、いわゆる南畝のスクラップ帳も展示される。

寸紙不遺 国立国会図書館蔵

また、4章の「歴史・地理を考証する」というコーナーでは、「流観百図」(前期展示)という南畝が編集した古器物図録が展示され、江戸の文化サロンに好古趣味が広がっていたことをうかがわせる。南畝をハブにした江戸時代の知的ネットワークを紹介したコーナーもあり、「たば塩」の展示らしく、たばこ屋を営んでいた文化人との交流にもさりげなく触れている。江戸時代の文化に関心のある人は必見の企画である。

しかし、なぜ、江戸時代に「好古」だったのか? 江戸の文化に詳しいわけではないが、それが爛熟し、新奇なものが出尽くしたと思われた時期に、市井の文化人の関心は「いにしえ」に向かったのではないか。気に入った古器物を丹念に写し描いた図録に何より「愛」を感じるのだ。何でも、コピー&ペーストができる現代、江戸時代の好事家たちの真っすぐな熱量をうらやましく感じるのは自分だけだろうか。今回取り上げた展覧会はデジタル全盛の時代だからこそ、観ておきたい好企画。気持ちに余裕があり、少し遠出もできるこの季節にこそ、是非!

Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。還暦近くになって、自身の嗜好も「好古趣味」に偏りつつある。若手のクリエイターたちが「新しい」と言って見せてくれるモノも自分とっては大抵、既視感があるのだ。化繊のスーツに白いTシャツを決まったように合わせる彼らより、江戸時代の好事家に親近感を覚えるのは恐らく加齢故の退行だろうが、自分自身、まったく悪びれていないところに救いようがありやなしや。

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