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「自分の力で道を切り拓く女性たちを描く」をライフワークに、『女将さん酒場』を執筆した フリーライター・山田真由美さん

【go'in my way】自らの信じる道を歩みつづける人へのインタビュー。今回は、趣味が高じて執筆した『おじさん酒場』をヒントに、自分が書きたいテーマに出会ったフリーライターの山田真由美さんをご紹介します。

趣味の一人飲みをきっかけに『おじさん酒場』を出版

元々、お酒の席は好きで、会社の同僚や仕事関係の人と飲みに行くことが多かったという。それが30代の半ばごろから、次第に1人で飲みに行くことが多くなった。

「組織に向いていなかったのだと思います。いろいろ窮屈で疲弊することが多かった。振り返ってみると、酒場に逃げ込んでいたのだと思います。1人で飲むときは、無理に元気を装うこともせずにそのままでいられる場所を選んでいました。同世代の女性がふたりで切り盛りしていた和食店や、老夫婦がのんびりやっている小さな小料理屋とか。居心地がよいのですよね。あと1人なので、誰に気兼ねすることなく、周りのお客さんとか観察することができるのです。中でも、おじさんは観察の対象としては最高ですね。生態がおもしろすぎます。フリーになって、出版社の編集者と飲んでいる時に、『こんなおもしろいおじさんがいた』と話すと、エッセイにすることを勧められ、それで居酒屋でのおじさんの生態を書くことになりました」

亜紀書房のホームページで2014年から始まった『おじさん酒場』の連載は、山田さんの最初の著書として、2017年に同社から刊行された。イラストは、こちらも「おじさんウォッチャー」として有名な、なかむらるみさん。山田さんのエッセイの中にも「画伯」として登場している。取り上げた酒場は、首都圏にある26軒。「海苔弁は二段に限ります。」と熱くのり弁について語るおじさん、東海道線のボックス席で宴席をはる4人のおじさん、社章がきらりと輝くエレガントなおじさんなど、おじさんの立場で読むと身につまされるユニークなおじさんの生態が描かれている。2021年8月に同書の増補新版がちくま文庫から刊行されたのに合わせ、続編にあたる『女将さん酒場』も同文庫から刊行された。

『Olive』に夢中になり編集者を目指す

出版関係への就職を思いついたのは、高校生の頃だった。きっかけは、当時、マガジンハウスから出されていたティーン向けファッション誌の『Olive(オリーブ)』だった。

「とにかく『Olive』が大好きで、掲載されている東京の情報を釘付けになって読んでいました。『こういう夢を与えてくれる雑誌を作りたい』と思い、編集者を目指すようになりました。それでマスコミ関係の勉強ができる湘南エリアの短期大学に進学したものの、短大出ではなかなか出版社に入れないのですよね。そのことを進学後に知って、とても後悔したのですが、夢をあきらめるつもりはなくて、マガジンハウスをはじめ何社も受けて落ちまくり、できたばかりの小さな出版社になんとか入ることができました」

山田さんも含めて4人の会社で、メインのビジネス書のかたわら、編集の請負もしていて、入社してすぐに高齢者向けの雑誌の仕事を任された。企画の立ち上げから取材、執筆、写真の撮影まで全部、自分1人でやらなくてはならなくて、とても大変だったが、「おかげで編集の仕事とはこういうものだと学ぶことができた」という。その会社には10年ほど在籍し、「女性の生き方に関わる本を作りたい」との思いから、ライフスタイル系の会社に転職。その会社に4年間勤めたあと総合出版社に移り、4年ほど勤めてフリーに転身した。38歳の時だった。

「最後に在籍した出版社は、弱者に寄り添う良書をいくつも出していて、とても好きだったのですが、私自身、思うように自分がつくりたい本を編集できている実感がもてずにいました。環境を変えたほうがよいのかもしれないと思い、独立することにしました」

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撮影協力 茶屋町カフェ(神奈川県大磯町、撮影 繁田統央、以下同)

「おじさん酒場」をヒントに「女将さん酒場」を執筆することに

フリーになって以来、自分の力で道を切り拓き、社会のなかで活躍する女性たちのことを書きたいという思いが強くなっていった。彼女たちは自分にしかできないことを見つけ、仕事というかたちで貢献していた。自分には何ができるだろう。私にしかできない仕事とは何か。ずっとそう考え続けていたなかで、酒場好きが高じて手がけることになった『おじさん酒場』が思いがけず、そのヒントを与えてくれた。

「『おじさん酒場』の取材と執筆と続けているうちに、自分が居心地がよいと思う店には必ず、素敵な女将さんがいることに気がついたのです。店主が男性でも、わきに女将さんがいて、柔らかい雰囲気を醸し出してくれる。または、女将さんだけで、切り盛りして、お料理もおもてなしもという店もあります。自分自身、フリーランスで1人で仕事をしていることもあり、そういう女性の方に共感と同時に、リスペクトする気持ちを抱くようになりました。それで、『女将さん酒場』を取材して書くことになったのです。ですから、世間一般でイメージされているような、着物姿で男性客にお酌をするような女将さんは、この本には出てこないのですよね」

取材相手が胸の内を披露してくれたときに最高の喜び

『女将さん酒場』に登場する13人の女性は、イタリアのマンマそのもののような女性シェフだったり、オーガニック料理で人気の店のオーナーシェフだったり、店の形態や生い立ちは様々だが、いずれも芯が強くて、「かっこいい女性」という点で共通している。

「私は、ライターとして、おくてなのですよ。聞きたいことをすっと聞くことができなくて、どうしても遠慮して遠回しに聞いてしまいます。本音を聞き出すのに時間がかかってしまうのです。でも、それで本音が聞き出せることもあります。たとえば、いつもお店では、きりっとしていて、苦労とは縁遠いと思っていた女将さんから、長い間、店の経営を回すためにお金のことばかり気にかけていた、毎月、『従業員に給料を払うことができてよかった』と胸をなでおろしていたと聞かされた時は、胸をつかれるとともに、『かっこいいな』と思い、改めて惚れ直しました。少しずつ、取材相手との距離を縮め、相手が自分に素の顔を見せてくれたり、胸の内を披露してくれたりしたときが、ライターとして最もうれしい瞬間ですね。さらに、それを本人の気持ちのままに表現できた時に、この仕事の醍醐味を感じます。なかなか難しいことですけれどね」

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茶屋町カフェのお隣の「つきやまBooks Arts & Crafts」で自著を手にする山田さん

「読者の心に強烈に刺さる作品」を書いていきたい

『おじさん酒場』を刊行した2017年の春に、生まれ故郷の伊豆下田にレストラン「Table TOMATO(テーブルトマト)」をオープンさせた。ライターとしての拠点は、神奈川県大磯町で、月に10日ほど下田に帰省し、「女将さん」として不定期で営業を行うかたわら、下田の町の活性化のために「風待テーブル」という異業種交流会を2019年からスタートさせ、今年1月に9回目を開催した。「風待」とは、かつて下田が、江戸へ向かう船の立ち寄り先で、最適な風が吹くのを待つ港だったことに由来する。

ライター、オーナーシェフ、そして町おこしの旗振り役と様々な「顔」を持つものの、それでも「何かひとつ自分のやりたいことを選ぶとしたら、それは書くこと」だという山田さん。これから先の活動予定について、こう話してくれた。

「下田のお店は、元々父がやっていたセレクトショップ『TOMATO CLOSET』のあった場所で始めました。『TOMATO CLOSET』は、下田にありながら、コム・デ・ギャルソンやズッカなど当時の最先端ファッションを扱う店で、下田の文化の発信地のひとつでもありました。私が『Olive』に夢中になり、編集者を目指すようになった原点の地でもあり、高齢の父から閉店の話を聞いた時に、なんとか自分でそのお店を残せないかと思案した末に、レストランを開くことにしました。

お店を開いてからは、飲食の仕事にかなり時間を割いてきましたが、これからは私だけの店ではなく、まちに開かれた場にできないかなと思っています。たとえば、チャレンジショップのような形で、独立したい若い人たちにお店を任せるとか。そうした工夫によって、もう少し執筆につかえる時間を増やしたいと思っています。

書きたいテーマはいくつもあり、いずれにも共通するのは『生きる』ことです。仕事も、暮らしも、『生きる』につながっていますよね。発表のスタイルは、出版社を通さない方法もありかなと思っています。この春から、次作に取りかかり始めます。最終的に『本』という形にまとめるつもりですが、その過程については模索中です。小さなZine(リトルプレス)を編みながら読者を獲得していく方法もあるし、それこそSNSを使う手もある。そうした活動の様子を Instagramで随時発信していく予定ですので、お時間があるときにチェックしてもらえるとうれしいですね。

両親の『TOMATO CLOSET』と同じように、下田の文化の発信地になってほしいという願いから、店の2階に『Books半島』という本屋を併設しています。半島は、先端であって辺境でもあります。マニアックで、万人に受け入れられないけれど、一部の人に強烈に刺さる、という意味をこめてネーミングしました。私も同じように、『読者の心に強烈に刺さる作品』を書いていきたいと思っています」

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。

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