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英国王室いちの働き者、アン王女とはどんな人物なのか

Pool / Getty Images

Netflixドラマ「ザ・クラウン」のファンにはおなじみ、チャールズ国王の妹アン王女、73歳。英国ではウィリアム皇太子やキャサリン皇太子妃をしのぐ人気を誇り、国王夫妻の戴冠式パレードでは凛とした軍服姿で注目を集めた、生粋のプリンセスにフォーカス!

英国王室きってのハードワーカーとして知られるアン王女は、2023年12月9日(現地時間)に英紙『The Telegraph』が発表した分析によると、2023年の公務回数が457回とチャールズ国王の425回を上回り、もっとも働いたロイヤル第1位に。そんなアン王女の略歴を、マリ・クレール インターナショナルのイタリア版デジタル記事よりお届け。

アン王女、その人生についての興味深い事実

エリザベス女王とフィリップ殿下の一人娘の略歴

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英国王室のプリンセス・ロイヤル、アン王女は、兄である現国王チャールズ3世の戴冠式の主役の一人であり、その式典に英国陸軍の騎兵連隊ブルーズ・アンド・ロイヤルズの正装でウェストミンスター寺院に到着した。

エリザベス2世とフィリップ殿下の一人娘である彼女は、最初の夫マーク・フィリップスとの間に生まれたピーターとザラの母親でもある。現在、ティモシー・ローレンス卿の妻で、スポーツ選手としても成功を収めたアン王女は、1987年に授与されたプリンセス・ロイヤルの称号を持つ。

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この記事では、プリンセス・ロイヤルになることの意味と、この称号を得る前と後のアン王女の人生について、いくつかの興味深い事実を取り上げる。

プリンセス・ロイヤルの称号は何を意味するのか?

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プリンセス・ロイヤルの称号は通常、英国の君主から王位継承順位にある長女に授与されるが、自動的に与えられるわけではない。プリンセス・ロイヤルは終身の名誉称号であるため、その王女が存命であれば、他の王女に与えることはできない。現在のプリンセス・ロイヤルであるアン王女以前に、この称号を保持していた最後の人物は、ジョージ5世(1865〜1936)と王妃メアリー・オブ・テック(1867〜1953)の一人娘、メアリー王女(1897〜1965)である。

最初のプリンセス・ロイヤルはメアリー・ヘンリエッタ・スチュアート(1631〜1660)で、国王チャールズ1世(1600〜1649)とフランス・ブルボン王家出身のヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス(1609〜1669)の長女だった。フランス国王の長女をマダム・ロワイヤルと呼ぶフランスの習慣を模倣しようとした王妃の意向に由来するもので、この称号が生まれたのは彼女のおかげである。ジョージ3世(1738〜1820)の娘シャーロット(1766〜1828)やエドワード7世(1841〜1910)の娘ルイーズ(1867〜1931)もこの称号を与えられている。エリザベス2世とフィリップ殿下の一人娘であるアン王女に話を戻すと、1987年6月13日にこの称号が与えられた。

次期プリンセス・ロイヤルの候補は、ウィリアム皇太子とキャサリン皇太子妃夫妻の娘、すなわちシャーロット王女だ。彼女が生まれたのは2015年5月2日で、王位継承順位第2位のジョージ王子が2013年7月22日に生まれた2年後のことであり、ルイ王子が2018年4月23日生まれる3年前である。

アン王女のきょうだい

アン王女は1950年8月15日、ロンドンのクラレンス・ハウスで誕生した。その後、女王となったエリザベス2世とフィリップ殿下の第二子で、夫妻の第一子で現在の国王であるチャールズ3世が1948年11月14日に生まれた2年後のことである。

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エリザベス女王とフィリップ殿下の次の2人の子ども、アンドリュー王子とエドワード王子は、それぞれ1960年2月19日と1964年3月10日に生まれた。プリンセス・ロイヤルは、チャールズ3世の息子であるウィリアム皇太子とヘンリー王子、アンドリュー王子の娘であるベアトリス・オブ・ヨークとユージェニー・オブ・ヨーク、エドワード王子の娘レディ・ルイーズ・マウントバッテン・ウィンザーと息子ジェームズ・マウントバッテン・ウィンザー・ウェセックス伯爵という、きょうだいの計6人の子どもたちの叔母にあたる。

アン王女の2度の結婚

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アン王女の最初の結婚は、1973年11月14日にウェストミンスター寺院で祝われた。エリザベス女王の第二子はこの日、マーク・フィリップス(元イングランドの馬術選手で、現在も馬術界の重鎮 ※編集部注)と結婚した。彼はアン王女の2人の子どもの父親である。離婚後、アン王女はティモシー・ローレンス卿(イギリス海軍中尉 ※編集部注)と再婚した。

アン王女の子どもたち

前述の通り、アン王女の2人の子どもはマーク・フィリップスとの結婚で生まれた。第一子である息子ピーターは1977年11月15日に、第二子の娘ザラは1981年5月15日にこの世に誕生した。

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オリンピックで2度メダルを獲得(団体種目で1972年に金、1988年に銀を獲得 ※編集部注)している父親と同じく、ザラもオリンピックのメダリストで、正確には2012年ロンドンオリンピックの団体種目で銀メダルを獲得している。

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ピーターには、現在は破局したオータム・ケリーとの間に生まれた2人の娘、サバンナとアイラがいる。ザラと夫のマイク・ティンダルには、ミア、レナ、ルーカスの3人の子どもがいる。

アン王女のスポーツキャリア

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アン王女は最初の夫マーク・フィリップスと娘ザラのスポーツ(馬術)での成功を誇りにしているだけでなく、アン王女自身も馬術のチャンピオンである。

1971年に英・Burgleyで開催されたヨーロッパ選手権の個人戦で金メダル、1975年にドイツ・ルーミューレンで開催されたヨーロッパ選手権で個人戦と団体戦の2つの銀メダルを獲得し、1976年のモントリオールオリンピックにも出場した。1986年から1994年まで国際馬術連盟の会長を務め、1988年からは国際オリンピック委員会の委員を務めている。

Translation & adaptation: Akiko Eguchi

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