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Culture

【鹿島茂 『パリのパサージュ』】vol.2 モードの法則? ジャン・ポール・ゴルチエがこの場所を選んだ理由 ギャルリ・ヴィヴィエンヌ

コロナ禍で旅行に行けない今、極上のエッセイで楽しむパリ散歩はいかが?  フランス文学者の鹿島茂さんにはパリに行くたび足を運ぶ場所がある。それはパサージュ。「パサージュには、バルザックやフローベルの生きた19世紀という『時代』がそのままのかたちで真空パックのように封じ込められている」という鹿島さんのガイドで9つのパサージュへとご案内。今回は「ギャルリ・ヴィヴィエンヌ」へ。 (本記事は鹿島茂:著『パリのパサージュ 過ぎ去った夢の痕跡』(中公文庫)から抜粋し作成しています)


複雑な構造が散策にぴったり

大革命から王政復古期にかけて、パリの盛り場の覇権を握っていたのは、パレ・ロワイヤルだったが、徐々にグラン・ブールヴァールに人気が集まり始め、王政復古期の末には二つの盛り場が対等に並び立つようになった。そのため、両者を結ぶ位置にあるヴィヴィエンヌ通りは第三の盛り場として賑わうようになったが、狭いうえに馬車の行き来が激しいため、落ち着いて買い物をするには適していなかった。

これに目をつけたのが、公証人組合の理事長をつとめるマルショーという人物である。ヴィヴィエンヌ通りに家作を持っていたマルショーはパレ・ロワイヤルを通り抜けた人が姿を現すプチ=シャン通りとヴィヴィエンヌ通りを結ぶパサージュを造れば、人気沸騰は確実と踏み、辺り一帯を地上げすると、ローマ賞の建築家ドゥラノワに設計を依頼、1823年から工事を開始し、1825年には開業にこぎつけた。


前代未聞の成功だった。設計者のドゥラノワが、敷地に高低差があるうえ、マルショーの地上げした地所が妙な具合に分散しているという欠点を逆手に取り、パサージュを、折れ曲がったり、横枝が出たり、円を描いたりと、まるで鍵のような変化に富む構造にしたのが成功の原因だった。すなわち、それまでのパサージュが2本の道をショートカットする単純な通り抜けであったのにたいし、ギャルリ・ヴィヴィエンヌは、その構造の複雑さゆえに、このころから流行の兆しを見せていた散策(フラヌリ)に大きな喜びを提供する結果となったのである。

これは今日訪れてもよく分かる。まず入口を入ると、開放感のある長方形の広々とした空間が散策者を出迎えるが、それはガラス天井が二段構造になっていることが関係している。劇場建築などで異次元性を印象づけるために天井の高いホールを最初に用意するのと同じである。以前の建物で中庭だった所をうまく使った結果である。いまではレストランやワイン店のテーブルと椅子が置かれているが、これも最初から想定されていた使い方で、開業当初は設計者自らがここでカフェを出していた。

この長方形歩廊の左隅、13番地には建物の上の階に通じる階段が見えるが、この住居には『ゴリオ爺さん』のヴォートランや『レ・ミゼラブル』のジャン・ヴァルジャンのモデルとなったことで有名な怪盗ヴィドックが住んでいた。

長方形の歩廊の次にくるのはロトンドと呼ばれる円形空間だが、これは劇場建築で言えば、客席と舞台へと至る控えホールに相当し、気分を変える効果がある。開業時にはタイル床の真ん中にメルクリウスの彫像が置かれていたようだが、いまは撤去されている。


古書店からモードの店まで

ギャルリ・ヴィヴィエンヌの長大な歩廊

さてロトンドを過ぎると、今度はいよいよギャルリ・ヴィヴィエンヌのメイン空間とも言える42mの長大な歩廊である。ここにはナポレオン帝政下に建設されたリヴォリ通りの建築様式の特徴であるアーチ形のファサードを見ることができる。1980年代後半に行われた全面改装以前はかなり荒(すさ)んでいたが、いまではこの歩廊の古顔である鳥居ユキのブティックを始めとして多くのモードの店が軒を並べている。

ヴィヴィエンヌ通りへと抜ける歩廊の湾曲部にはジュソーム書店という古書店があるが、このジュソーム書店についてはすでにエッセイに書いているのでそれを引用させていただくことにしよう。

「1862年以来ここに店を構えているジュソーム古書店はいまだに健在で、リニューアルしてすっかりこぎれいになっていた。以前はここに19世紀の生まれではないかと思える高齢の店主がいて、同じように年取った猫を抱きながら、たまに訪れるなじみ客を相手に古本の講釈をしていたものだが、今は、彼の座っていた同じ椅子に30代の若い店主がすわっている。老店主の消息をたずねてみると、『あれは私の祖父で、5年前になくなりました』と答えがかえってきた。この業界にも確実に世代交代の波が押し寄せているようだ」(「パリの時間隧道」『パリ時間旅行』収録)

ジュソーム古書店の店主。最初にエッセイに登場したときは30代だった彼も、いまでは立派な中年の仲間入り

プチ=シャン通りのパサージュ入口のファサード上部に置かれたカリアティド(女神柱)の作者はエルマンス・マルショー。パサージュのオーナーの娘である。これはファサードが1844年に作り替えられたときに制作された。

床を飾る美しいモザイク・タイルの製造者はG・ファッチーナで、これは入ってすぐの床の上にモザイクで記されている。

アヴァンギャルドなデザインで知られるジャン・ポール・ゴルチエのブティックもこのパサージュのテナントだが、入口が違うため気づかない人が多い。ギャルリ・ヴィヴィエンヌをブティックに選ぶとは、ゴルチエはきっと「最も新しいもの、それは徹底的に時代遅れになったものの中にある」というモードの法則を知り抜いていたに違いない。

photos: 鹿島直(NOEMA Inc. JAPAN)

Profile

鹿島茂

1949年横浜に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。2008年より明治大学国際日本学部教授。20年、退任。専門は、19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナー賞、2000年『職業別パリ案内』で読売文学賞、04年『成功する読書日記』で毎日書評賞を受賞。膨大な古書コレクションを有し、東京都港区に書斎スタジオ「NOEMA images STUDIO」を開設。書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS」を主宰

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