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【what to do】「逸脱」を纏う快楽。「奇想のモード」展でその誘惑に身を委ねる

ダリの立体作品を保護するアクリルケースに照明が映り込んでシュールな雰囲気に(撮影・高橋直彦)

知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。今回、注目するのは東京都庭園美術館で開催中の「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」展。パンデミックで着飾る場を失い、穏健な装いが氾濫する世相に辟易している人たちに向けた、つかの間の解放区でもある。

2009年春、東京の目黒区美術館で「祝祭の衣装展」と題した企画展を観たことがある。「ロココ時代のフランス宮廷を中心に」という副題が示すように、18世紀フランスの宮廷文化について絢爛たる装いを通して紹介する内容。中でも、女性たちのヘアスタイルに目が釘付けになった。今で言う「盛る」なんてものではない。結い上げた髪型の高さを競い、「ア・ラ・フリゲート・ユノ」と名付けられたスタイルは、高さ1メートル前後あると思われる結髪の頂点に英仏戦で活躍した軍艦の模型を乗せる始末! 美への過剰な執着が時に実用性を大きく逸脱していく様に驚いた記憶がある。

ポスターにも使われているこのヴィジュアルをウエブで使うのは有料だと言われた。街に掲出されたバナーなら撮影しても構わないとのこと。事情がよく飲み込めないまま、美術館の指示に従った(撮影・高橋直彦)

そうした装いにおける逸脱の系譜を「奇想」というキーワードで紹介しているのが今展である。もっとも、美術に多少関心があれば、「奇想」という言葉は「奇抜な考え」という辞書的な語義に加え、独特の意味合いを帯びることを知っている。美術史家の辻惟雄氏が岩佐又兵衛や伊藤若冲ら江戸時代の絵師を「奇想の画家」として再評価し、1970年に出版した『奇想の系譜』の影響圏が現在にも及んでいるからだ。

舘鼻則孝 岡本太郎の創作をモチーフにした「太郎へのオマージュ」シリーズ(2016)(撮影・高橋直彦)

辻氏はその書で、「〈奇想〉という言葉」は「因襲の殻を打ち破る、自由で斬新な発想のすべてを包括できる」としている。その指摘が、今展の多彩な展示にも通底している。「有機物への偏愛」から「ハイブリッドとモード」まで、九つのセクションで構成されている展示は洋の東西を問わず、時代も16世紀のファッションプレートから舘鼻則孝氏が昨年発表した「ヒールレスシューズ」まで幅広く展観していて、見飽きることがない。「奇想」との関連だろうか、花魁を描いた錦絵など和装について触れているのも面白い。

スキャパレッリのドレスがアール・デコのインテリアにマッチする(撮影・高橋直彦)
ブロンドの髪がモチーフになったマルタン・マルジェラのドレス(2004年秋冬)
マルタン・マルジェラ 《ネックレス》 2006年、京都服飾文化研究財団蔵、京都服飾文化研究財団撮影

中でも見所は副題にも含まれている「シュルレアリスム」と装いの関係について触れている展示だろう。シュルレアリスムは「目で見たままを描くこと」ことに対して、戦間期のフランスを中心とした芸術家らが発した異議申し立てで、20世紀最大の芸術運動ともされる。フロイトやマルクスの思想が影響している。ダリらシュルレアリストらと親交のあったエルザ・スキャパレッリのドレスや香水瓶はもちろん、ハリー・ゴードンやマルタン・マルジェラら現代のデザイナーたちへの影響も展示を通してうかがい知ることができる。裁縫とシュルレアリスムの自動記述法との関係について触れた展示も企画担当者ならでは卓見で見逃さないでほしい。

ハリー・ゴードン 《ポスター・ドレス》 1968年頃、京都服飾文化研究財団蔵、畠山崇撮影
渡辺武による「風化」(1939)。一見、ミシンをかける女性を描いたモダンな作風だが、ミシンの脚や台が溶けている。ダリの影響があるらしい(撮影・高橋直彦)
ザハ・ハディド/ユナイテッド・ヌード 靴「NOVA Shoe」(2013)。ザハが靴もデザインしていたとは(撮影・高橋直彦)
ドルチェ&ガッバーナのネックレス。2005年秋から06年にかけての作品だという。マルジェラにも王冠をつなぎ合わせた服があった(撮影・高橋直彦)

こうした展示を、シュルレアリスム運動に前後して流行したアール・デコ様式の旧朝香宮邸(1933年竣工、重要文化財)を活用した空間で観覧することは、ホワイトキューブでの「美術鑑賞」という枠を超えたゴージャスな体験になるだろう。

アンリ・ラパンも内装を手がけた旧朝香宮邸。昭和初期の文化受容を表象する建築物でもある(撮影・高橋直彦)

「奇想」をうたうなら、1980年代以降の「アンチ・モード」とされた日本人デザイナーの創作や、クイア文化への目配せがあってもよかったかもしれない。筆者が海外コレクションを観て回るようになった90年代後半以降も、ジョン・ガリアーノやアレキサンダー・マックイーン、そしてトム・ブラウンといったデザイナーたちのクリエーションには「奇想」としか形容しようのないものがあった。神奈川県立近代美術館鎌倉別館で1月30日まで個展が開かれている今道子も写真で「奇想のモード」を表現した。もっとも、言い出したら切りがない。第一、そんなことは企画担当者にとっては百も承知はず。何せ、展示スペースは有限なのだ。

「フィリア―今道子」展。彼女にとって、日本の美術館では初めての個展になるという(撮影・高橋直彦)

日本経済の長引く停滞が影響しているのか、それとも2年越しのパンデミックが作用しているのか、いずれにしても装いが実用性にのみ収斂していく現状に内心、うんざりしている『marie claire』読者のような人たちには打って付けの企画だ。常識や因襲を軽やかに超越した熱量の高い展示を見終わると、きっと晴れ晴れとした気持ちになっているに違いない。

お問い合わせ先

展覧会情報
「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」
会場:東京都庭園美術館(東京・白金台)
会期:~4月10日(日) 月曜日休館(3月21日開館、22日閉館)*オンラインによる日時指定制。
URL: www.teien-art-museum.ne.jp

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Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。マックイーンと言えば、2001年夏にニューヨークのメトロポリタン美術館で観た「Alexander McQueen: Savage Beauty」が忘れられない。彼が10年に自死した直後の回顧展で、炎天下、入場を待ち、セントラルパークにまで続く長蛇の列に並んだ。今思えば、「奇想のモード」展を先取りしたような見応えのある企画だった。

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