【田中杏奈の水引細工】水引に宿る日本古来の文化への眼差し
古来、日本の文化を彩ってきた「水引」。 その美しさを独自の造形で表現する田中杏奈の魅力を掘り下げる。
古来、日本の文化を彩ってきた「水引」。 その美しさを独自の造形で表現する田中杏奈の魅力を掘り下げる。
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祝儀袋や贈答品を包む奉書紙などを結び留める「水引」は、飛鳥時代に起源を持つ日本の伝統文化のひとつ。紙をこより状にして水糊で固めたひもを素材とし、結びの形状には贈り主の気持ちが表現されている。 たとえば、何度でも結び直せる「蝶(ちょう)結び(もろなわ結び)」は、出産や昇進など何度あっても良い慶事の際に使われ、左右に引っ張っても簡単にほどけない「結び切り(あわじ結び)」は、一度きりが望ましい結婚、弔事、病気見舞いなどに使われる。水引には日本人ならではの、他者へのを思いや敬意が込められているのだ。


平安貴族の贈答文化の中で発展した水引は、江戸時代になると庶民の間にも広まり、平面的な結びの水引から立体的な水引細工が考案されたのは大正時代。現代ではアクセサリーやインテリア装飾など、より自由な発想でデザインされたモダンな水引細工がさまざま生み出されている。なかでも四季折々の花飾りや繊細で美しい日常小物で人気を集めているのが田中杏奈だ。

大学卒業後は広告会社の営業職として勤務していた田中が、水引作家に転身するきっかけとなったのは、結婚して第1子が生まれ、育児休暇の最中に書店で手にした水引の本だった。
「もともとものづくりに興味があって、育休で時間に余裕ができた時に手芸でも始めてみようかなと思って本屋さんに行ったんです。そこで水引の本を見たのが始まりですね。その本には水引の素材が付録になっていて、基本的な結びで簡単な雑貨がつくれるようになっていました。それで実際につくってみたら意外と上手にできて、これは自分に向いている、と思いました」
その後、子供のお食い初め(百日祝い)の祝い膳に添える水引飾りを自分でつくってみたことが、水引に本格的に取り組む契機となった。
「お箸などの飾りのほかに、鯛のお腹や尾の部分にも水引を飾りました。お食い初めは一つ一つの料理すべてが縁起をかついでいて、しきたりに沿った順番で料理を口にします。その古来の儀式に美しさを感じました。時代は変わっても、家庭の祝いごとや季節の節目の行事など、日本には昔から変わらない伝統が数多く受け継がれていますよね。そういった変わることのない美を何かの形で表現したいと強く感じて、水引を真剣にやってみようと思いました」


その背景には、自然豊かな淡路島に生まれ、築100年の日本家屋で育ち、地域の伝統行事などを大切に思いながら育ったという田中ならではの日本文化への視線があった。
「日本の地方には、地域ごとの決まりごとや習わしがあります。私の故郷の淡路島では、氏神様を大切にする文化が受け継がれていました。祖父母も両親もよく神社にお米やお神酒(みき)をお供えし、手を合わせていました。地域の人が順番に神社を掃除したり、雛(ひな)祭りの季節になれば桃の花を神社に持っていったり。また、木工が好きだった父は家具や建具を自分でつくることもあれば、床や天井、瓦屋根の補修などもやっていました。近所の漁師さんが魚を持ってきてくれて、うちの果樹園のビワをお裾分けしたり、そういう暮らしが自分の原風景にあります。古くからの習わしや手仕事、自然を大事に思う気持ちは、もともと自分のなかにあったものでした。何か日本文化にかかわることをしたいという気持ちが、ずっと心の奥にあったんです」。
そして四季折々の草花をモチーフとした美しい水引細工を、田中は次々と創作していった。




広告会社で働いていたときは、季節に合わせたプロモーションの仕事をすることも多く、二十四節気(春夏秋冬をそれぞれ六つに分けて、大寒、啓蟄(けいちつ)、立夏、小雪など日本の自然を表現する言葉で区切った24の季節)や七十二候(二十四節気をさらに細かくし、1年を72に分けたもの)についての知識なども、自然と蓄えられていったという。


「毎朝決まった時間に通勤電車に乗って、大泣きする息子を保育園に預けてという生活の中で、もっと時間に余白をつくり、丁寧に子どもと、そして自分と向き合いたい。もっとゆったりとした、自分らしい暮らし方がしたいという思いもありました」。
2017年、田中は水引手仕事のブランド「hare(ハレ)」を立ち上げた。お食い初めから始まった独自の作品をSNSにあげていくと、すぐに出版社から声がかかり、2018年に1冊目の著書を上梓。そして多くの人と水引の愉しさを共有したいという思いから、2019年に広告会社を辞め、水引教室を始めた。今は水引作家として企業の商品開発にたずさわったり、作品が雑誌の表紙などに使われたりするなど、多方面で活躍している。


田中杏奈 Anna Tanaka

1989年兵庫県淡路島生まれ。大学卒業後は広告会社に就職。結婚・出産を機に水引と出会う。独学で学び作品を発表。2017年に水引ブランド「hare(ハレ)」を立ち上げ、現在は「水引結び教室 晴れ」も主宰。水引講師を務めるかたわら、企業の販促物や商品開発、企業広告・雑誌などのアートワークも手がける。著書に「暮らし・行事・ハレの日を結ぶ 水引レシピ」(2018 グラフィック社)、「水引で結ぶ二十四節気の飾り」(2019 日東書院本社)、「衣食住を彩る水引レシピ」(2021 グラフィック社)、「飾る・贈る・装う 花を結ぶ水引細工」(2024淡交社)。
https://www.mizuhikihare.com/
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