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清洲橋に永代橋、吾妻橋‥‥春の桜の季節に歩いてみたい 隅田川に架かる15の「美橋」散策ガイド

春到来、お散歩に最適のシーズンです。桜の季節には、隅田川周辺がにぎわいます。その桜と同じくらい、いやそれ以上の観光スポットとして忘れてはならないのが、見ていてほれぼれとする美しい橋の数々です。隅田川に架かる15の「美橋」の散策ガイドをお届けします。

「鎌倉殿の13人」が身近に感じられる白鬚橋

東京都では隅田川の両岸に護岸工事を施すと同時に、親水施設「隅田川テラス」として広く開放し、都心の貴重な水辺空間として多くの人に憩いの場を提供しています。そのエリアのなかで、もっとも魅力に富んだ白鬚橋から勝鬨橋までの橋の数々を散策がてらご紹介します。

グレーの塗装が「白鬚」をイメージさせますが、その名の由来は向島の白鬚神社でした。

まずは、白鬚橋です。白鬚橋までは、南千住駅から徒歩で約15分、東向島駅から同約10分です。これは白鬚橋に限りませんが、それぞれの橋の近くに名前の由来や橋長、幅員、構造といった橋のプロフィル、さらには近隣の散策スポットが記された案内板が設置されています。その案内板には、白鬚橋の名前は、向島の鎮守・白鬚神社に由来すると説明されています。そのグレーがかった塗装は、「白鬚」をイメージしてのものかどうか、気になるところです。さらに案内板には、一説によると、治承4年(1180年)に源頼朝が旗揚げした時に、架けさせたという旨の説明もされています。放映中のNHK大河ドラマの「鎌倉殿の13人」が身近に感じられます。

このような案内板がそれぞれの橋の近くに設置されています。

また、白鬚橋から勝鬨橋までの各橋間の距離と歩いたときの所要時間を示した案内板もところどころにあり、散策の際の目安としてとても便利です。これによると、両橋の間には、15の橋があり(両橋を含む、隅田川に合流する川に架かる橋は除く)、距離は約8.5キロです。ゆっくり歩いて3時間ほどでしょうか。途中、浅草とか東京スカイツリータワー近辺で、食事をとりながら休憩してもよいでしょう。

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各橋の間の距離と歩いたときの所要時間がわかってとても助かります。

上から見るとXの形をした唯一の歩行者専用の桜橋

てくてくと隅田川の右岸(河口に向かって右側)を10分ほど歩くと、桜橋に着きます。この橋は、隅田川に架かる唯一の歩行者専用の橋です。橋の接岸部分が、両岸とも二股に分かれており、上から見るとXの形に見えるのが特徴です。このエリアでは、長命寺の桜もちと言問団子がことに有名です。両店は左岸にあるので、もし右岸にいて、買い求めたいと思ったときは、桜橋か一つ下の言問橋で、墨田区側に渡っておいてください。

両岸の接岸部分が二股に分かれているのが桜橋の特徴です。

戦災の記憶を残す言問橋、赤い塗装がおしゃれな吾妻橋

続く言問橋から蔵前橋までの間は、300〜600mの間隔で橋が続いています。まさに橋のオンパレードです。言問橋は、平安時代の歌人・在原業平の和歌の一節がその名前の由来と言い伝えられていますが、そのような優雅なエピソード以上に、東京大空襲において逃げ場を求めて多くの人がこの橋に殺到し、川に落ちるなどして多くの命が失われた歴史を記憶に刻んでおかなくてはなりません。橋のわきの公園に慰霊碑があります。

言問橋のわきの公園には東京大空襲の犠牲者のための慰霊碑があります。

吾妻橋は、鮮やかな赤い塗装がとてもおしゃれで、今回探索した15の隅田川の橋のなかでもベスト3に入る、お気に入りの橋のひとつです。台東区側から見ると、対岸にあるアサヒビール本社ビルの金色のオブジェが吾妻橋と並んでカメラフレームに収まります。なかなかインパクトのある構図で、撮影スポットとして大の人気です。ちなみに金色のオブジェは、「聖火台の炎」を意味しており、アサヒビール100周年の記念事業の一環として、1989年10月に竣工しました。当時、賛否両論あったものの、30年以上たった今では、浅草に欠かせない風景としてすっかりお馴染みになりました。

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すっかりお馴染みの風景となった金色のオブジェを背景にした吾妻橋です。

青の駒形橋、緑の厩橋、黄の蔵前橋がスカイツリーとツーショット

赤い吾妻橋の先の駒形橋、厩橋、蔵前橋は、それぞれ青、緑、黄のカラーリングが施されていて、橋の形状ともあいまって個性的な佇まいを見せてくれます。このエリアは、東京スカイツリータワーと近いので、どの橋もツリーとのツーショット写真を撮ることができます。ここで注意が必要なのは、隅田川はほぼ北から南に流れているため、カメラで橋を順光で撮ろうとすると、橋の南側から撮らなくてはならない点です。北からでは逆光で、とても撮りづらいです。秋から冬にかけてなら大丈夫でしょうが、暑い盛りだと南からの日差しが大変なので、そうした季節は河口から北に向かって散策されることをオススメします。

青の駒形橋です。
続いて、緑の厩橋です。
そして、黄の蔵前橋です。

新大橋あたりで緩く湾曲し雄大な眺めに

次の両国橋は、白鬚橋から数えて8番目、距離もだいたい4キロということで、今回の行程のちょうど真ん中あたりに位置します。ご存じの通り、武蔵と下総の両国を結ぶ橋ということで、こうネーミングされました。

次の昭和52年(1977年)に架け替えられた新大橋の独特な形状は、斜張橋と呼ばれていて、斜張索で橋を吊ることで、通行者に閉塞感を与えないよう配慮しているそうです。このあたりから次の清洲橋までにかけて隅田川が緩く湾曲しています。湾曲部分を上流なり、下流なりから眺めると目の前に水面が大きく広がり、雄大な印象をかもしだします。心やすまる風景です。

両国橋の下をカヌーが通り抜けていきました。
斜張橋と呼ばれる独特な形状の新大橋。
新大橋と清洲橋の間で隅田川は大きく湾曲しています。

ドイツの「美橋」をモデルに「名橋」のほまれ高い清洲橋

隅田川に架かる橋のなかで、「名橋」のほまれが最も高いのが清洲橋です。当時世界でもっとも美しいとされていたドイツ・ケルン市のヒンデンブルク橋をモデルに昭和3年(1928年)に完成しました。当時の深川区清住町と日本橋区中洲町を繋ぐことから、清洲橋と名付けられました。本当に美しい橋です。

かつて10年間ほど、隅田川の江東区側にオフィスがあり、水天宮駅で下車して、川を渡って通勤していました。清洲橋とひとつ下にある隅田川大橋のどちらも利用可能だったものの、だいたい清洲橋を渡っていました。隅田川大橋は、上を首都高速道路が走っており、見栄えがよくない上、晴れた日でも日当たりがよくないのがその理由です。とは言っても、雨の日は隅田川大橋を使っていました。現金なものです。

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完成した昭和3年当時、深川区清住町と日本橋区中洲町を繋いだことから清洲橋と名付けられました。
隅田川大橋の上は首都高速道路です。

清洲橋と対のデザインの永代橋、それぞれの魅力を堪能

永代橋は、関東大震災の復興事業として、清洲橋と対になるデザインで設計されました。確かに、永代橋は凸で清洲橋は凹の形をしています。可憐な感じがする清洲橋に対して、永代橋は重厚といったように印象は対照的です。一方で、色は同じブルーで統一されています。ぜひふたつの橋を見比べて、それぞれの魅力を堪能してください。

中央大橋、佃大橋のあたりまでくると、かなり川幅が広くなり、それまでの川の印象が大きく様変わりしてきます。佃島の高層マンションの風景ともあいまって、開放的で都会的な雰囲気が強まります。

重厚な様子が清洲橋とは好対照な永代橋です。
中央大橋の手前で、隅田川は晴海運河と分岐します。
背景の高層マンション群とうまくとけこんでいる佃大橋。

そしてゴールの勝鬨橋です。昭和15年(1940年)の完成で、その名前の由来は、日露戦争時の旅順攻略を祝って設けられた「勝鬨の渡し」まで遡ります。日本で数少ない可動式、つまり中央部で橋が上に向かって開き、その間を船舶が通行できる橋だったのが、同55年(1980年)にその稼動を止め、開かずの橋になってしまいました。いつかまた、この橋が開橋する日を心待ちにしています。

白鬚橋から勝鬨橋まで15の橋を約4時間かけて散策しました。3月上旬ながら、都内で気温20度を超す陽気で、隅田川沿いには早くも桜が開花していました。心地よい1日でした。

下流から見た勝鬨橋。中央の平らになっている部分が真ん中で左右に跳ね上がる構造になっています。
隅田川沿いでは早くも桜が開花していました。

Profile

二居隆司

読売新聞に入社以来、新聞、週刊誌、ウェブ、広告の各ジャンルで記事とコラムを書き続けてきた。趣味は城めぐりで、日本城郭協会による日本百名城をすべて訪ねた。


 

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