女性醸造家が切り開くイタリアの赤ワイン「バローロ」【三澤彩奈のワインのある暮らし】

山梨県の中央葡萄酒の醸造責任者として、豊かな自然の中で日々ブドウの栽培と醸造に向き合い、「甲州」の名を世界に広める三澤彩奈さん。今回は、イタリアを代表する赤ワイン「バローロ」の産地で女性の未来を切り開いた女性醸造家についてつづります。

山梨県の中央葡萄酒の醸造責任者として、豊かな自然の中で日々ブドウの栽培と醸造に向き合い、「甲州」の名を世界に広める三澤彩奈さん。今回は、イタリアを代表する赤ワイン「バローロ」の産地で女性の未来を切り開いた女性醸造家についてつづります。
イタリアを代表する銘酒に、ネッビオーロというブドウ品種から造られる「バローロ」という赤ワインがあります。例えばフランスでは、特定の産地にブドウ畑があり、全ての地域圏でワインを造っているわけではないのですが、イタリアでは全州にワイン産地が広がります。中でも、ピエモンテ州のランゲ地方から生まれるワイン「バローロ」と「バルバレスコ」は、長期熟成型のワインとして世界で名を馳(は)せます。私自身が長年あこがれている“アイドル”の一人が、バローロの中心地でワインを造る醸造家のキアラ・ボスキスでした。

キアラ・ボスキスは、バローロの名門ワイナリー「ボルゴーニョ」の9代目として生まれました。当時、男性がワイナリーを継ぐことが一般的だった時代、ボルゴーニョもまた、キアラのお兄さんが継承することになります。
キアラは、そのことについて納得がいかなかったと話します。自分のワイナリーが欲しかったという彼女は家族を説得し、1981年に、以前から親交があり、技術指導にも入っていた別のワイナリー「E. Pira e Figli」を買い取ることとしました。1700年代から続く由緒あるワイナリーでしたが、当主だったピラー家の血筋が1980年に絶えてしまったことを機に、キアラとキアラの家族が受け継ぐことになったのです。
そこから、キアラの改革は始まります。バローロ初の女性醸造家となったキアラの最初の変革は、「バローロ・ボーイズ」に参加したことでした。バローロの若手生産者が集まり、伝統的なワイン醸造からモダンな醸造へ、改革を行っていった有志の団体で、エリオ・アルターレ、ジョルジョ・リヴェッティ、ロベルト・ヴォエルツィオ、マルコ・デ・グラツィアなど今なお色あせることのないワインを造る醸造家たちが名を連ね、キアラは、その中で唯一の女性でした。このことについて、彼女は、バローロ・ボーイズの一人に選ばれたことを今も光栄に思っていると話してくれました。後にバローロ・ボーイズの軌跡は映画化もされています。
バローロ・ボーイズの考え方のうち、キアラが特にインスパイアされたのは単一畑という概念だったそうです。ワインの造り手にとって一番尊いとされるのが、風土を表現するということです。産地や畑の区分が細かくなればなるほど、風土を忠実に表現します。それまで、伝統的なバローロの多くはいくつかの畑のブドウをブレンドしてワインを造っていたのに対し、同じ土壌や気候を持つ区画(クリュ)によってワインを造り上げるという考え方は、キアラに新しいバローロの可能性を開いたのです。

バローロの女性醸造家の草分けとなったキアラは、後に女性醸造家団体「バローロ・ガールズ」の中心メンバーとなり、さらなる産地の改革を進めていきます。
しかし、彼女は「バローロ・ボーイズ、バローロ・ガールズと改革に関わってきたけれど、一番私にとって重要な改革は、グリーン・レボリューションだった」と言います。キアラのワイナリーは、バローロで初めて、オーガニック認証を取得したワイナリーとなりました。このオーガニック認証は、畑での取り組みが極めて厳格に定められており、日本で流行しているあいまいな「自然派」ワインとは異なります。オーガニック認証だけではなく、彼女は畑の生物多様性に対しても前向きな活動を行っています。多様なハーブで土を覆う草生栽培を行い、鳥の巣箱を設置し、蜂の家を畑に作っています。

ボルゴーニョは2000年代に入り、ファリネッティ社に売られることになりました。その後はキアラの弟も彼女を手伝うようになり、今、ワイナリーでは、キアラの3人の姪(めい)たちが彼女の意志を継ぐべく、奮闘しています。畑と醸造を担当するベアトリーチェは、バローロの女性で初めてトラクターを操縦するライセンスを取りました。ファイナンスを学んだエレナは、マネジメントを担当。末っ子のヴィクトリアはまだ学生ですが、卒業後はワイナリーに入る予定だそうです。バローロの村をキアラと歩いていると、若い栽培家や醸造家の女性がキアラにあいさつをします。私は、キアラが新世代の栽培・醸造家のロールモデルとなり、彼女たちを育てていることに深く感動しました。

キアラを訪問した日、彼女はキプロス、アメリカ、ドイツと、様々な海外からの訪問者の対応に追われていました。純粋でまっすぐ、義理堅く、完璧主義者・・・キアラと1日を一緒に過ごす中で、夜まで電話で受注対応をする彼女を見ながら、そんな言葉が浮かんできました。彼女は「みんなを幸せにしたいだけ」と言います。

キアラは、15ヘクタールの畑から6銘柄のワインを造っています。通常はデイリーワインとされる「ドルチェット」や「バルベーラ」という品種から造られるワインも、彼女の手にかかると、果実の味わいがあふれるとてもエレガントなワインになります。そして、ネッビオーロから造られる「ランゲ・ネッビオーロ」と、彼女の代名詞でもある3種類の「バローロ」。中でも、キアラの渾身(こんしん)の一本「カンヌビ」というクリュの名前を冠したバローロのすばらしいこと。
女性醸造家は、体の変化を機に50歳を境に、進退を考えることが多いと聞きます。しかし、ワイン醸造家となり40年以上が経った今もキアラは輝き続けています。彼女のワインは安価なものではありませんが、キアラの人生が詰まったワインを、私は決して高いとは思いません。日本にも輸入されていますのでぜひ飲んでみてください。
三澤彩奈(みさわ・あやな)
中央葡萄酒株式会社 栽培醸造責任者 山梨県の中央葡萄酒4代目オーナーの長女として生まれる。ボルドー大学ワイン醸造学部を卒業し「フランス栽培醸造上級技術者」の資格を取得。2007年に中央葡萄酒の醸造責任者に就任。栽培と醸造に取り組む。 2014年に世界的ワインコンクール「デキャンター・ワールドワイン・アワード」の金賞を日本で初めて受賞。甲州ワインの名を世界に。「グレイスワイン」は海外で最も飲まれる日本ワインに成長。2021年11月、「甲州」の新たな魅力を引き出した「三澤甲州2020」を発売。
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