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【what to do】アイノとアルヴァ。2人のアアルトが生んだモダニズムの温もりを美術館で体感する

アアルトハウス リビングルーム Alvar Aalto Foundation

何か面白いことが起きていないか、知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。それが”what to do”。その時々のトピックを取り上げて紹介する。今回は世田谷美術館(東京)で開催中の「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」展。日時指定予約制で、チケットは残念ながら完売してしまったが、兵庫県立美術館(神戸市)へ巡回する。合理性を追い求めた20世紀のモダニズムがどこまで人に優しくなれるのか、その到達点を展示を通して確かめた。

アルヴァ・アアルト(1898~1976年)の生誕100年に当たる1998年、東京・池袋にあったセゾン美術館で大がかりな回顧展が年をまたいで開かれた。ニューヨーク近代美術館との共催で、展覧会の実行委員長をベテラン建築家の芦原義信が務める気合の入りよう。その後、大小様々なアアルト展が日本で開かれてきたが、98年展が質量ともに「決定版」となり、以降の展示構成に少なからず影響を与えてきた。

自宅玄関に置きっ放しの「66チェア」。座面にあるのは1998年の「アアルト」展の図録。当時は「アルヴァー・アールト」と表記していた。アアルトの家具は部屋を選ばないのがいい。ベッド両脇でサイドテーブル代わりに「スツール60」も愛用中(撮影・高橋直彦)

アイノの業績に光を当てる

それが近年、変わってきた。98年展の影響圏を乗り越えようとする試みが出始めているからだ。建築家で妻のアイノ・アアルト(1894~1949年)に焦点を当てた企画展はそうした取り組みの一つだろう。彼女は、アルヴァの陰に隠れて、これまで注目される機会が少なかった。実際、98年展の図録でもアイノを取り上げたページは、332ページ中、たった9ページ。しかし、なぜアイノなのか? ヘルシンキ工科大学で建築を学んだ彼女は24年にアルヴァの事務所で働き始め、半年後に結婚。54歳で早世するまでの四半世紀を共に活動した。アイノがパートナーになったことで、「暮らしを大切にする」意識がアルヴァに芽生え、使いやすさや心地よさを重視した空間に優しさと柔らかさが生まれたという。「アアルト」は単数ではなく、「アイノ」と「アルヴァ」という複数によって成り立っているという視点がこれまでになく新鮮だ。

アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト、1937年 Aalto Family Collection, Photo: Eino Mäkinen

そんなアイノの業績に目を向けるきっかけとなったのが2016年にギャラリー・エークワッド(東京)で開かれた「AINO AALTO, Architect and Designer -Alvar Aaltoと歩んだ25年-」展だろう。同展のアーカイブをギャラリーのホームページで確認すると、「アルヴァの存在が大きすぎるがゆえに、これまで彼女に光を当てた展覧会は母国フィンランドでも開催されていないそうです」と当時の館長が記している。世界に先駆けて日本がアイノの業績に企画展開催という形で敏感に反応したわけだ。世田谷美術館で開かれている「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」展もその延長線上で企画された。

アルヴァ・アアルト、41 アームチェア パイミオ、1932年デザイン Photo: Tiina Ekosaari Alvar Aalto Foundation

2人の協業が優しさを生む

展示は2人が協業した25年間の活動に絞り、1920年代から40年代まで時代別に7章に分けて構成。協業によって、建築やインテリアに優しさと柔らかさがもたらされたことを様々な資料計約200点を通して提示する。アルヴァと対等な関係でアアルト事務所を牽引し、現在も続くアルテック社の初代アートディレクターを務め、建築家・デザイナーとしても活躍したアイノ。実際、2人の子どもの母親でもあり、生活に根ざしたその視点こそが、アアルト建築のエッセンスを形成したことが伝わってくる。建築、インテリア、そして食器などのプロダクト……。展示からは、効率性を求めるモダニズムが陥りがちな、人を寄せ付けない「冷たさ」を回避するためのヒントも見えてくる。アルヴァ・アアルト財団と、遺族によるファミリー・コレクションの協力により、家族写真やプライベートスケッチなどは日本初公開だ。

アイノ・アアルト、ボルゲブリック・シリーズ、1932年デザイン Alvar Aalto Foundation

98年展の図録で芦原は、アアルトの作風をモダニズムの巨匠、ル・コルビュジエのそれと比較している。コルビュジエの建築が全体から発想するのに対し、アアルトの建築は部分から発想していると指摘。作品を見学すると、コルビュジエの場合、建物の配置計画や外観はすばらしいのに、ディテールが粗雑でがっかりすることがあったという。それに対して、アアルトの建築は外観こそ凸凹していて自然の樹木のような感じだが、ディテールが緻密にデザインされていたと記す。芦原は図録で指摘していないが、そうしたアルヴァの発想にアイノの存在が影響していたことを今展で確認することもできるだろう。

エイノ・カウリア/アルヴァ・アアルト、パイミオのサナトリウム1階天井色彩計画、1930年頃 Alvar Aalto Foundation

神戸へも巡回。展示を見比べる楽しみも

世田谷美術館での展示は20日まで。新型コロナウイルス感染拡大を予防するため、日時指定予約制でチケットは残念ながら完売してしまった。ただ、世田谷展を見逃した人にもチャンスは残っている。7月10日から兵庫県立美術館(神戸市)へ巡回するからだ。世田谷展を見た人も、機会があれば兵庫展と見比べてみても面白いかもしれない。外光をふんだんに取り入れた内井昭蔵設計の世田谷美術館と、安藤忠雄設計の重厚な雰囲気の兵庫県立美術館とでは、同じ展示でも見え方が違ってくるからだ。もちろん、モダニズムなど小難しいことを知らなくても、インテリアに関心があるだけでも展示は十分楽しめる。いずれの会場も最寄りの鉄道駅からは少し歩くが、その労力が報われる充実した内容の企画展だ。

マイレア邸 リビングルーム Alvar Aalto Foundation
世田谷美術館の展示風景。ニューヨーク万国博覧会フィンランド館(1938~1939年)のうねる壁の一部を再現した(撮影・上野則宏)

展覧会情報
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」
会期: ~6月20日(日)*日時指定予約制でチケットは完売
会場: 世田谷美術館(東京都世田谷区砧公園)
TEL: 03-3415-6011
URL: https://www.setagayaartmuseum.or.jp/

同展は兵庫県立美術館(神戸市中央区)へも巡回(予約優先制)
会期: 7月10日(土)~8月29日(日)*月曜休館(8月9日開館、翌10日閉館)
TEL: 078-262-1011
URL:  https://www.artm.pref.hyogo.jp/

Profile

高橋直彦

マリ・クレール副編集長。2007年8月、ボストンで大リーグを観戦後、ケンブリッジに立ち寄った。目的はMITでエーロ・サーリネンのチャペルとアアルトのベイカーハウス学生寮を見学すること。その学生寮がアノイとアルヴァが協業した最後の作品であることを今展で初めて知った。

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