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【what to do】『オートクチュール』から『メイド・イン・バングラデシュ』へ。ファッションを扱った新作映画を通して「装う」ことの意味を問い直す

『メイド・イン・バングラデシュ』に登場する女性たちの色鮮やかな民族衣装に目を見張る

”what to do”は知的好奇心にあふれる『マリ・クレール』フォロワーのためのインヴィテーション。今回取り上げるのは、『オートクチュール』(2021)と『メイド・イン・バングラデシュ』(19)。いずれもファッションを通して女性の生き方を描いた女性監督による新作映画だ。前者はモードの頂点に君臨するオートクチュールの舞台裏を描写し、後者は「ファッションの民主化」を下支えするファストファッションの劣悪な生産現場を扱っている。舞台こそ異なれ、両作とも服の来歴に焦点を当て、「装う」ことの意味を観客に問いかけてくる。

タイトルの『オートクチュール』は、日本の新聞などで「高級注文服」と注釈を入れることが多い。個人の注文を受けて、その人のためだけに採寸され、デザインされた一点物。当然、高価で、注文主も富裕層やセレブリティが中心だ。

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ディオールのアトリエをセットに組んで、華やかな世界を撮影した

シルヴィー・オハヨン監督の手がけた作品では、パリのモンテーニュ大通りにあるディオールのアトリエを舞台に、引退を目前に控えたベテランのお針子(ナタリー・バイ)と、パリ郊外に暮らす移民2世の少女(リナ・クードリ)との交流が描かれる。階級や世代を超えた女性の生き方がメインテーマと言っていいだろう。分断化されるフランスの実相もうかがい知ることができる。と、作品紹介はここまで。

ナタリー・バイ(左から2人目)の演じるアトリエの責任者が手仕事の大切さを伝える

『マリ・クレール』が注目したいのは、そのストーリーより、舞台となるアトリエでのドレスを仕上げる工程の描写。ディオールのアーカイブ部門やオートクチュールのアトリエで働いていた元クチュリエールが監修しているだけあって、手の込んだ創作の現場が忠実に再現されている。例えば、プリーツを重ね付けしたイヴニングドレス「フランシス・プーランク」の細部を調整しながら、モデルにフィッティングしていくシーンに陶然とする人も多いはず。ニュールックを象徴する「バー」ジャケットやムッシュ・ディオール直筆のスケッチなども登場するからファンは見逃せない。

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リナ・クードリは売れっ子の若手女優。アトリエでの仕事を通して変わっていく女性像を好演した

手の込んだ刺繍や貴重な素材を丁寧に扱うクチュリエたちの振る舞いなども見所だ。彼らの仕事ぶりを通して「壮大な物事の裏側には、魔法をかける普通の人々がいることを示したかった」とオハヨン監督は話している。就業前に香水をアトリエに散布したり、作業中にハサミを落とすと不吉だと忌み嫌ったり、儀式めいたルーティンを紹介したシーンも面白い。ラフ・シモンズ時代のディオールのアトリエを記録した『ディオールと私』(フレデリック・チェン監督、14)も観ているが、今作がフィクションである分、ドラマチックに描かれていて、手仕事を継承していくことの大切さとコストの大きさがダイレクトに伝わってくる。

ダッカの庶民の暮らしぶりを知ることができるのも今作の魅力

こうした華やかな世界とは対極にある過酷なファッションの舞台裏を描いたのが『メイド・イン・バングラデシュ』(ルバイヤット・ホセイン監督)だ。世界の大手アパレルの縫製工場が集中するバングラデシュの首都ダッカで、厳しい労働環境であえぐ現状に異議申し立てをし、労働組合を組織しようとする若い女性が主人公。男性中心主義の社会や貪欲なグローバリズムの歪みを作品は告発する。今作を観た後、何気なく買っていた1000円しない安価なTシャツがどこでどのように作られているのか、その来歴が気にならない人は少ないだろう。

ダッカの縫製工場で働くミシンのオペレーターの多くが若い女性だという

作品は、2013年4月24日にダッカ北西部の都市で起きたラナ・プラザのビル崩落事故を下敷きにしている。この事故では、ビル内の縫製工場などで働いていた女性ら1127人が亡くなり、2500人以上が負傷。この惨事を通して、ファストファッションの多くが低賃金と劣悪な労働環境下で製造されていることを世界中の人が知るようになった。

ファストファッションの担当者からは製作費のさらなる値下げを要求されるのだが……

バングラデシュは中国に次ぐ、世界2位の衣類の輸出国として知られ、輸出額に占める縫製品(ニット製品も含む)の割合は85.6%(20年度)にもなる。国内に縫製工場は約4500社あり、そこで働く人の多くが30歳前後の若い女性で、月7000円前後の低賃金でファストファッションを作り続けている。それを着ているのが私たちだ。ホセイン監督の綿密なリサーチによって、その実情が生々しく描かれている。ファッションに関心のある人にこそ観てもらいたい。4月16日から岩波ホールで公開。ちなみに7月で閉館する同館でフィクション映画としては最後の上映になるという。

実は女性の自立というテーマ以外に、縫製工場で働く女性たちの華やかな民族衣装にも目が釘付けになった。縫製工場で作るくすんだ色合いの服とは違って色鮮やかで多彩だからだ。それをマノエル・ド・オリヴェイラ監督の後期の作品の撮影を数多く手がけているサビーヌ・ランスランが的確に画面に収めている。そちらにもぜひ眼を凝らしてほしい。彼女たちの作っているファストファッションよりも、余程おしゃれでゴージャスなのだ。

【what to do】ワイズマン、イーストウッド、そしてゴダール。1930年生まれのベテラン監督たちによる「新作」は、なぜこうも瑞々しいのか?

ファストファッションは、オートクチュールの顧客らが独占してきた「モード」を低価格によって民主化した。ところが、それは発展途上国の主に女性たちの犠牲の上に成り立っている。『オートクチュール』でも、ベテランのお針子が、ファストファッションのフリースを着ていた若い女性をたしなめるシーンがある。扱っているファッションは違うが、手軽さや便利さを得ることで、手放すものが多いことも両作は教えてくれる。それらが何なのかを映画を通して見つめ直してみてもいいだろう。そこから「装う」ことの本質的な意味も浮かび上がってくる。何より私たちのサスティナブルなスタイルを築くヒントになるはずだ。

お問い合わせ先

『オートクチュール』
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国公開中
URL: https://hautecouture-movie.com/
© PHOTO DE ROGER DO MINH


『メイド・イン・バングラデシュ』
4月16日(土)より岩波ホールで公開。以後全国順次公開
URL: http://pan-dora.co.jp/bangladesh/
© 2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

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Profile

高橋直彦

『マリ・クレール』副編集長。筆者にとってナタリー・バイといえば、何と言ってもトリュフォー組の常連の印象が強い。続いて思い出すのが、ゴダールの商業映画復帰第1作とされる『勝手に逃げろ/人生』(79)への出演。彼女が自転車に乗って颯爽と駆ける姿を、レナート・ベルタがスローモーションで撮影したシーンが脳裏に焼き付いている。果たして『オートクチュール』にその面影は?

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