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【4月のお薦めシネマ】4月公開の映画は個性派ぞろい。鬼才監督のロックオペラ、ダークなニューヒーロー、美しき北欧発ホラー・・・

鬼才監督のロック・オペラからダークなヒーロー映画、北欧の美しくもおぞましいホラー・・・。4月に公開される映画の中から、特にユニークなお薦め作品を紹介する。

鬼才監督の“ロック・オペラ”

【アネット】(公開中)

『汚れた血』(1986年)や『ポンヌフの恋人』(1991年)で知られるレオス・カラックス監督の新作は、ほぼ全編セリフが歌われる「ロック・オペラ」だ。原案と音楽を担当したのは、兄弟バンドのスパークス(ロン&ラッセル・メイル)。カラックス監督作『ホーリー・モーターズ』(2012年)での楽曲使用が縁で知り合い、スパークスの2人がミュージカルの案をいくつか監督に送ったことから、本作が生まれたという。

まず冒頭から驚かされる。スタジオで演奏準備をしているスパークスの2人に、監督が演奏開始の指示を出すところから始まる。監督の脇には実の娘がいて、演奏が始まるとスパークスと監督親子は夜の街に飛び出す。さらにそこへ主演のアダム・ドライバーとマリオン・コティヤールらが合流して歌い出す。まるで「さあこれからロック・オペラが始まりますよ」と宣言するかのような開幕だ。

物語は大きく二つに分かれている。前半は野性的なコメディアンのヘンリー(ドライバー)と、美しい歌声で死のオペラを歌う人気ソプラノ歌手アン(コティヤール)のラブ・ストーリー。美女と野獣のようなカップルの奇矯な行動に衆目が集まる。愛し合う2人は周囲の声を気にせずに結婚し、娘のアネットが生まれる。ここで重要な役割を果たすのが、2人の舞台でのパフォーマンスだ。名声を高めるアンに対して、自虐的なパフォーマンスで観衆を沸かせていたヘンリーは、次第に観客から見放されていく。何度も描かれるステージの姿が対照的な2人の関係を際立たせている。ヘンリーとアンは愛の二重唱を歌い続けるが、そのクライマックスが荒れる海で木の葉のように揺れるヨット上のダンスだ。

後半はヘンリーとアネットの父娘の物語となる。アネットは幼くして奇跡的な声で歌い出す。驚いたヘンリーは、娘を見せ物として売り出していく。ここで注目されるのは、アネット役は人間ではなく、人形だということ。これはこの物語が非日常であること、夢幻(あるいは悪夢)の物語であることを象徴しているのだろう。そして人形であるアネットの動きは『ピノキオ』を連想させる。ただし、観客の予測を裏切って思いもしない次元へと導くカラックス監督である。決して、ディズニー映画のような明るいハッピーエンドにはならず、驚くべきラストシーンが待っている。

ロックとオペラを融合させ、ファンタジーでありながら、人間の心の深淵を見せつける。同じことを繰り返さず、常に新しい挑戦を続けるレオス・カラックス。鬼才が作り出した、映画そのものを体感できるダークな世界に身をゆだねよう。

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苦悩するダーク・ヒーロー

【モービウス】(公開中)

スパイダーマンやアイアンマンなどを生んだ「マーベル・コミック」から、新たなダーク・ヒーローが飛び出した。それは吸血コウモリのDNAを自らの遺伝子に組み込んだ男。コウモリをモチーフにした人気者バットマンの存在をかすませるような、衝撃的な吸血鬼“リアル・バットマン”のモービウスである。

治療方法がない血液の難病を持つマイケル・モービウス。同じ病気に苦しむ親友マイロのためにも、医師となり、治療法を探し続ける。影のある皮肉屋で、孤高な雰囲気を持つマイケルを演じるのは、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』(2013年)でHIV患者を演じたジャレッド・レトだ。

マイケルは吸血コウモリの体質に注目、そのDNAを人間のDNAと融合するという、倫理上許されない人体実験を自らの体で行った。すると、やせ細っていた体が筋骨隆々となり、素早い動き、驚異的な跳躍力、どんな衝撃にも耐えられる強固な肉体といった超人的な体になった。そればかりか、音波を感知して周囲の状況をつかむコウモリの能力までも身につけた。ところが、この画期的と思われた治療法には、恐ろしい副作用があった。それは、血に飢えた吸血コウモリのように人血を欲するようになるということ。そしてその時、顔や肉体までもおそろしい吸血鬼のように変身してしまうのだ。

超人的な動きができる喜びとともに、吸血モンスターに変身してしまう副作用に深く苦悩するマイケル。複雑な内面を演じられるのは、『ダラス――』で13㌔以上減量してHIV患者を演じ、アカデミー賞助演男優賞を受賞したレトだからこそ。もちろん、見た目の変化にはCGが使われているのだろうけれど、それを自然に感じさせているのは、たぐいまれな演技力のたまものだろう。

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同じ病気を持つ親友のマイロ(マット・スミス)が、マイケルの知らないうちに、彼の研究成果である血清を盗み出し、物語はさらに加速する。常に死を覚悟する病状から解放されたマイロは、殺人もいとわない、本物のモンスターになってしまうのだ。ここから、善良さを失わないマイケルと、モンスターであることを楽しむかのようなマイロとの激しい戦いが始まる。

マイケルの研究を手伝うマルティーヌ(アドリア・アルホナ)との愛は控えめで、モンスターとなった自分を責めるマイケルの内面に焦点が絞られる。ダークかつクールな、新しいヒーローが誕生した。監督は、スウェーデン出身のダニエル・エスピノーサ。

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新感覚の北欧ホラー

【ハッチング-孵化-】(4月15日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次公開)

北欧特有の冷ややかな空気感の中、純粋さとはかなさ、美しさとおぞましさを同時に感じさせる、フィンランド発の新感覚ホラー。

12歳の少女ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、建築家の優しい父(ヤニ・ヴォラネン)、美しい母(ソフィア・ヘイッキラ)、好奇心旺盛な弟と、モデルハウスのような家で暮らしている。完璧で幸せな家族像を発信するのに熱心な母だが、その裏には虚栄心と偽善がある。体操クラブで有望な選手であるティンヤは、そんな母の期待に応えようと、本心を抑えて従順な娘として過ごしている。ある夜、森に入った彼女は、瀕死のカラスを見付け、傍らにあった卵を持ち帰る。

卵はどんどん大きくなり、腕で抱えられないまでにふくれあがる。そして、ついに「それ」が生まれ、ティンヤは「アッリ」と名付ける。家族にも秘密の存在であるアッリは、成長するにつれ、ティンヤの邪魔者になる存在を過剰に攻撃するようになる。ティンヤが押し殺していた怒りや悲しみといった感情を敏感に感じ取り、「負」の分身となっていくのだ。

カラスと人間が融合したような不気味なアッリには、CGはほとんど使われず、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(2019年)などを手掛けたアニマトロニクス(キャラクターをロボットで再現したもの)デザイナーのグスタフ・ホーゲンが造形を担当、『プライベート・ライアン』(1998年)などに参加した特殊メイクアップのコナー・オサリバンが完成させたという。

 寒色系の冷たさが全編を包み、ヒリヒリとした少女の心の痛みが皮膚感覚で伝わってくる。モンスター化した「アッリ」の容姿が次第に変化していく様に、背筋が寒くなるような思いがした。監督は、本作が長編映画デビュー作となったハンナ・ベルイホルム。

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ベルイマンのファンなら必見

【ベルイマン島にて】(4月22日から、シネスイッチ銀座など全国公開)

表題のベルイマン島とは、スウェーデンの映画監督、イングマル・ベルイマンが住んだ、スウェーデンのフォーレ島のこと。映画史の名作の舞台となった様々な場所や建物、ゆかりの品が存分に映像に収められており、ベルイマン好きの映画ファンなら見逃せない作品だ。

ベルイマン監督(1918~2007年)は、『第七の封印』(1956年)でカンヌ国際映画祭審査員特別賞、『野いちご』(57年)でベルリン国際映画祭最高賞の金熊賞、『処女の泉』(60年)と『ファニーとアレクサンデル』(82年)で2度の米アカデミー賞外国語映画賞を獲得した、20世紀映画界の世界的巨匠監督だ。フォーレ島で後半生を過ごし、同島で、『鏡の中にある如く』(61年)、『仮面/ペルソナ』(66年)といった作品を撮影した。

物語は、新進監督のクリス(ヴィッキー・クリーブス)が、人気監督であるパートナーのトニー(ティム・ロス)と共にフォーレ島を訪れるところから始まる。2人は、芸術家や学者、ジャーナリストらに島に滞在してもらう「ベルイマン・エステート」という制度を利用して、敬愛するベルイマン監督が愛した島を訪れたのだ。

トニーは、ベルイマン監督ゆかりの場所をめぐる「ベルイマン・サファリ」というベス・ツアーに参加するが、クリスはそれをすっぽかし、映画学校の卒業制作のために来たという青年と出会い、ベルイマンの墓などサファリでは見られない「穴場」巡りを堪能する。

2人が滞在する家には、『ある結婚の風景』(73年)で実際に使われたベッドが置いてある。ベルイマンが仕事場としていた建物の試写室では、『叫びとささやき』(73年)を見る。『鏡の中にある如く』が撮影された奇岩のある海辺や、ベルイマンが最後の妻イングリットと過ごした家も出てくる。ベルイマンの聖地めぐりを体験できる観光映画としても楽しめて、映画ファンなら興味が尽きないところだ。

仕事に行き詰まりを感じていたクリスだが、島に滞在するうちに物語が浮かび上がってきた。クリスがトニーに語り始めるそのストーリーが劇中劇として展開する。女性監督のエイミー(ミア・ワシコウスカ)が友人の結婚式に出席するために訪れたフォーレ島での3日間を描く物語。エイミーは、少女時代に大恋愛の末に別れた元恋人のヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)と再会する。

有名監督と新進の女性監督、年齢も離れた2人の関係は、小さな娘が居なかったら崩れてしまいそうなほど、もろく見える。お互いに離れた場所で脚本を書き始めるが、一緒にいるがゆえの孤独感も浮かび上がる。

ベルイマンを敬愛しつつも、家庭を顧みないその生き方にクリスが疑問を呈する場面や、ベルイマン通をひけらかすサファリの参加者たちに対してトニーが嫌な顔を見せるアイロニカルな場面もあって、中盤まではベルイマンと一定の距離をおいて物語が進んでいるように見える。だが、一転してラストシーンはきわめてベルイマン的だ。クリスが語っていたと思われた劇中劇は、いつの間にか映画の撮影現場となっている。現実と物語、クリスとエイミーが混ざり合ってくる。実際にクリスが映画化しているのだろうか、それとも彼女の夢の中なのか。現実との境目があいまいなまま、映画は終幕となる。

監督は、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞した『未来よ こんにちは』(2016年)で知られる、フランスの女性監督、ミア・ハンセン・ラブ。正式な結婚はしなかったものの、26歳の年齢差があった名匠オリビエ・アサイヤス監督と公私にわたるパートナーだった。クリスとトニーには、現実のハンセン・ラブとアサイヤスの関係が投影されていると思われる。

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このほか、公開中の『とんび』(瀬々敬久監督)は、直木賞作家・重松清のベストセラーが原作。幼くして母親を失った少年と、一人息子を男手一つで育てる、不器用で粗野な父親との絆を描く物語だ。瀬々監督の演出は手堅いが、父親役の阿部寛が格好よすぎて、あまり粗野に見えにくいのが少々難点だ。阿部のほか、北村匠海、薬師丸ひろ子らが出演。

4月29日から公開される『ホリック xxx HOLiC』(蜷川実花監督)は、創作集団CLAMPのベストセラーコミックが原作。闇の存在「アヤカシ」が見える高校生が巻き込まれる不思議なアヤカシの世界が、ひたすら妖しく、鮮やかに描かれる。原色がまぶしい、蜷川監督独特の色彩感覚に浸れるかどうかがカギとなりそうだ。出演は神木隆之介、柴咲コウほか。

『英雄の証明』(公開中)は、カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭などで受賞多数のイランのアスガー・ファルハディ監督作品。SNSによって思わぬ運命にほんろうされる男の姿を描く。イランでも、SNSが発達し、一躍ヒーローに祭り上げられたり、炎上してこき下ろされたりしている、という現実があるということに驚かされた。

Profile

福永聖二

編集委員、調査研究本部主任研究員などとして読売新聞で20年以上映画担当記者を務め、古今東西9000本以上の映画を見てきた。ジョージ・ルーカス監督、スティーブン・スピルバーグ監督、山田洋次監督、トム・クルーズ、メリル・ストリープ、吉永小百合ら国内外の映画監督、俳優とのインタビュー多数。

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