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ネットがなかった時代のファッションアイコン、キャロリン・ベセット=ケネディが今も支持される理由。ケネディ家長男夫妻のロマンスを描くドラマ『ラブストーリー ジョン&キャロリン』で人気再燃!

CBKはネット時代が訪れる前の、最後のアイコンだったのか?

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公の場での露出も写真として残された姿も限られていたからこそ、見る側が彼女の人生を丸ごと消費するのではなく、憧れを投影することを可能にした。これは24時間体制のメディア環境下にある現代のスターたちにはほぼ不可能なことだ。

ネア氏は、そうした見せすぎない控えめな姿勢への憧れは、人生がよりシンプルに感じられた時代へのノスタルジーの一部だと示唆する。「CBKの友人のひとりは、あの時代は本当に人生が単純だったと語っていた。人々が今、2016年とかそういう別の時代を振り返っている(2026年の年明けに10年前を振り返る投稿がSNSでトレンドとなった)のは興味深いと思う」。ネア氏はさらに、いわゆる「自分の人生を生き、他人の行動を気にしないという真実」への深い渇望があると付け加える。そしてピサーノ氏はこう考察する。「非常に奇妙な現象だ。人々は内面で葛藤していると思う(中略)可視化されていなかった時代に戻りたいと願う一方で、見せない人生に憧れていることすら、オンライン上で共有しようとしている」

「誰もが今や『イットガール』になれる世界」において、CBKの固定されたイメージはまるで失われた時代の遺物のように感じられるとピサーノ氏は主張する。「完璧に見えていたイメージに、亀裂が見え始めていたが、(早世したことによって)いずれ起きたかもしれないある種の崩壊を実際に見ることはなかった。だから私たちは、ある特定の時期のままの彼女を見続けている」。そうした背景をふまえると、CBKは単なるスタイルアイコンとしてだけでなく、名声がまだ稀だったインターネット以前の時代の文化的な象徴として位置付けられる。当時はSNSや常時稼働するアテンション・エコノミー(人の注目や関心が価値を持つ構造)を通じて瞬時に与えられる情報ではなく、人々はわずかな情報の断片を必死にかき集める必要があった。

ピサーノ氏は言葉をにごしながら、現代のメディア環境にCBKがいたらと考えを巡らせていた。インスタグラム、あるいは夫JFKジュニアのいとこの妻キャロル・ラジウィルが出演したリアリティ番組『リアル・ハウスワイブズ・オブ・ニューヨーク』、これらは名声のあり方がいかに劇的に変化したかを痛烈に想起させるものだ。「少し内省的で、個人情報についても慎重であることは、むしろ健全だという考え方が広まってきているのではないでしょうか」とネア氏は語る。そして、こう続けた。「誰も彼女を完全には理解していなかったと思います。それどころか、彼女を本当に理解していたのは、おそらく姉と母、そしておそらくジョンくらいでしょう。それでも完全にそうとは言い切れないかもしれません」

なぜ私たちは目を離せないのか:CBKの色あせない魅力

私たちがキャロリンにひきつけられる理由の一つは、彼女に自らの憧れを投影できるからだ。「彼女について多くを知らないからこそ、インタビューやメディア出演がなかったからこそ、人々は彼女に様々な想像を重ねることができます」とピサーノ氏は語る。彼はさらに「彼女は自然体で、エフォートレスな人だった」と付け加える。今日のように望む通りに生きる(あるいは少なくともそう生きているように振る舞う)こと自体が膨大な努力を要する時代から考えると、それは稀有(けう)な資質だった。

CBKに対するメディアの注目が再び高まっていることについて、本人はどう考えると思うかという質問に、ネア氏はこう答えた。「彼女がおそらく私の本を気に入らないことはわかっています。ジョンなら多分『おい、見てみろよ。(中略)君は今やケネディ家の一員だ。ただ慣れればいいんだよ』と言うでしょうけど、彼女自身はただ唖然(あぜん)とするでしょうね」。彼女はこう付け加える。「この物語全体はとても悲劇的で、多くの輝かしい物語と同じように、ごく人間的で普通の結末を迎えるものでもあります(中略)誰もがいつかは死と向き合うのです」

CBKがモダンで、今の時代にも通じる存在であり続けているのは、まさに彼女がそのどちらも狙っていたわけではなかったからだ。「今では、カルチャーの最前線に立つように自分で自分を設計することができますが、CBKの場合は自然にそうでした」とピサーノ氏は指摘している。モハメッド氏も同意する。「私たちが改めてCBKのスタイルに立ち返っている理由は、プライバシーを求める気持ちがあるからです。彼女の服装はそれを表しています。私たちは彼女の服装を通してしか彼女を知ることができませんから」

ネア氏は、自己を静かに貫くCBKの姿勢を考察し、次のように結論づけている。「彼女はおそらく、自分が単なるケネディ夫人ではなく、キャロリンでもあることを常に言い聞かせていたのでしょう。だからこそ私は、この本を『CBK』と名付けました。彼女は実際、お礼状用の封筒にそう記していたからです。それは、JFK ジュニアと完全に対等な存在として自分自身を見る、彼女なりの方法だと私は考えました。それは非常に力強いものだと感じます。自分自身を肯定する小さな宣言です」。ファッション以上に、CBKは人とのつながりを大切にしたとネア氏は強調する。「彼女は人を、そして関係を築いてきた人とのつながりを愛していました。ヨウジヤマモトやマノロ・ブラニクらとの関係を含む、ファッションの文脈においても。(中略)SNSは、実際に友人とコーヒーを飲んだり、夕食をともにしたりすることから遠ざけてしまうところがあります。だからこそ人との関わりをもっと直接的な形に戻す必要があると思います」と彼女は述べている。

彼女のワードローブから、貪欲に彼女を消費しようとする世間との距離の取り方まで、CBKが今も語り継がれる存在なのは、ケネディ家の名とそれに伴う制約の中で、できる限り自分のやり方で生きたからだ。それは、スタイルとプライバシー、そして自分自身を保つことは守る価値のあるものだと私たちに気づかせてくれる。過剰なまでに情報が共有される現代において、私たちが彼女に見いだしているものは、尽きることのないファッションのインスピレーション以上に、そうしたレガシーなのだ。

※(  )内編集部注

translation & adaptation: Akiko Eguchi

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  • This article was originally published by Mischa Anouk Smith on Marie Claire UK

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