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「染司よしおか」6代目吉岡更紗 古代染色を通して知る日本の色

“全体の空気を見ろ”という父の言葉

古い記録に忠実に従い、そしてその中で出来得る最高に美しい色を出す。それはクラシックの音楽家が数百年前に書かれた楽譜を仔細(しさい)に読み込み、その中で最上の音色を出そうと試みるのとよく似ている。同じ楽譜をもとにしていても、奏者によって演奏の空気感がまったく異なるように、それは古典に縛られるということではなく、むしろ完成形の揺るぎない土台があるからこそ、さらに深く突き詰めた上での美に各々が挑んでいけるということなのだ。

古くから続く良きものをきちんと再現する。そのためによく勉強し記録を読む。そのことの大切さ、そして色と向き合う姿勢を、吉岡は父親から教わった。

「父からよく言われたのは、見る目を鍛えろということでした。同じものを見ても、誰もがみんな同じ色を感じているかどうかは確認できません。だから自分がそれを良いと思うか悪いと思うか、その基準を自分の中でつくらなければいけない。そのために、いいものをいっぱい見なさいということです」

見る目を養うためには、まず昔の布をいっぱい見ることが大事だと言う。

「だから正倉院展には毎年必ず行きます。また、それ以外で古い裂(きれ)を間近に拝見することができるのであれば、足を運びます。そういう機会があった際、他の研究者の方々は、ルーペで見て1㎝間に経糸が何本あるとか、重さがどれくらいで、糸の太さは何デニールで、というように数字に落とし込んでいくんですね。でも父からは絶対にそれをするなって言われました。“ルーペで見るな、全体の空気を見ろ”って。 私は最初、せっかくの機会なのになぜ? と思ったんですけど、今はちょっとその意味がわかってきました。それは自分が何年も染めをやってきて、初めて実感としてわかったことです。あの時、数字ばかりに心が奪われていた自分が、今はちょっと恥ずかしく思います」

工房の庭にある黄檗の木。この樹皮も染料の素材として使っている

現代では、わからないことがあればchatGPTがすぐ答えてくれるし、スマホ一台あれば買い物も銀行振り込みも、映画鑑賞も読書も大抵のことができる。そんな時代に、一千年以上も前に記された平安時代の書物と向き合い、そこから学んだことを形にする。それはAIにはできるのだろうかと、ふと考えた。

数字ではない。言葉でもない。本当に美しいものは、美しいものを生み出した人々が生きた時代の空気を感じとることで初めて、その実体に触れることができるのではないだろうか。

「ルーペで見るな、全体の空気を見ろ」。父が娘に残した言葉は、これからの未来を築き上げていくAI世代の人たちにとってこそ、とても必要なことなのかもしれない。一枚の古代染色によるシルクには、それこそパソコンのCPUやメモリにも匹敵する、長い年月を重ねて蓄積された膨大な智慧(ちえ)と記憶がその奥に紡がれている。しかし大切なのは、その回路の性能を知ることではない。その色を愛でた時、あるいは手で触れた時に、自然とともに生きることの喜びや、その尊さ、その価値に、いかに思いを馳(は)せることができるかどうかということなのだ。

「染司よしおか」の染めものは建築空間などで使われることもある。さまざまな日本のアートや工芸品を設えていることで知られるホテル「ポルトムインターナショナル北海道」のゲストルームフロアの吹き抜けで、「染司よしおか」の美しい染色インスタレーションを見ることができる。写真提供:染司よしおか

「Timeless Hues ─日本の色を継ぐ」での展示とワークショップのお知らせ

神奈川県の葉山エリアを中心としたアートフェスティバル「葉山芸術祭」の期間中、葉山文化園では10日間限定で「Timeless Hues ─日本の色を継ぐ」と題して吉岡更紗の作品を展示する特別企画を開催。さらにこの特別企画展会期中に、吉岡とともにストールを染める体験ができるワークショップも開催される。日本古来の繊細で美しい色の世界を作品鑑賞やワークショップを通じて、ぜひ体感してほしい。

◎「Timeless Hues-日本の色を継ぐ」開催概要
開催期間:4月19日(土)~5月6日(火・祝)
開館日:4月19日(土)、20日(日)、26日(土)、27日(日)、28日(月)、29日(火・祝)、5月3日(土・祝)、4日(日・祝)、5日(月・祝)、6日(火・祝)
場所:葉山文化園(神奈川県三浦郡葉山町一色1007)
TEL:046-876-3182
入場料:無料
開館時間:11:00~17:00
詳細:https://www.sun-design.co.jp/wp-content/uploads/2025/03/timeless_hues.pdf

◎染色ワークショップ概要
講師:吉岡更紗(染司よしおか6代目)
開催日:4月26日(土)苅安染め(黄)/ 4月27日(日)茜染め(赤)
午前の部:11時~13時
午後の部:14時30分~16時30分
4月28日(月)苅安染め(黄)
午前の部:11時~13時
会場:葉山文化園中庭
定員:各回8名
参加費:1万6,500円 予約:https://docs.google.com/forms/d/13GOv15WW1ha3uZWD0ZZW1CxoUFk8KHeW-qa5lYVMkek/viewform?edit_requested=true

photos: Kunihiro Fukumori text: Sauser Miho

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Profile

吉岡更紗 Sarasa Yoshioka


染織家。1977年 京都府生まれ。父は染織史研究家で多くの著書をもつ「染司よしおか」5代目吉岡幸雄で、三姉妹の末っ子として生まれる。大学卒業後はイッセイミヤケに勤務。その後、愛媛県西予市野村シルク博物館で染織を学び、2008年より生家で修業を始める。2013年から東大寺修二会の椿(つばき)の造花の和紙染めや、薬師寺の花会式で使われる染和紙を制作するなど古社寺の行事にも参加。2019 年「染司よしおか」6代目を継ぐ。毎年行われる寺社の行事はもちろん、近年は衣服にかかわるものの他に、ホテルの吹き抜けやマンションのエントランスなどの建築空間に古代染色の布を用いるなど、その活動の場を広げている。著書に『染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』(紫紅社)
https://www.textiles-yoshioka.com/


染司よしおか
https://www.portom.jp/jp/art/

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