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「染司よしおか」6代目吉岡更紗 古代染色を通して知る日本の色

古い記録から最高に美しい色を出す

植物染めの工程は、植物の根、実、葉などから得た色素を地下から汲(く)み上げた水に溶かし、その染液の中に天然の絹、麻、木綿などを浸す。そして両手でゆっくりと丁寧に生地を揺らし続け、15分ほど経ったら染液から取り出し、余分な色素を洗い流す。そしてまた染液に浸し、目指す色合いになるまでゆっくりとその作業を繰り返す。

工房はエアコンがなく密閉されていないため、夏はとても暑く冬はとても寒いが、季節ごとの空気を感じながら染めを行うことも大事だと吉岡は考えている
槐(エンジュ)の花の蕾(つぼみ)で染めているところ。15分ほど染液に浸し洗い流すという作業を3~4回繰り返していくと、次第に黄色く染まっていく

工房に響く水の音は軽やかで心地よく、染液の中で次第に染め色が濃くなっていくのを見ていると、まったく同じ作業をしていたであろう一千年以上前の人々の姿が、その色の向こう側にぼんやりと見えてくるようだった。

「祖父の蔵書の中に平安時代に書かれた『延喜式』という本があって、その中の“縫殿寮”という巻に、昔の人たちが使っていた色の材料が詳しく書いてあります。でも材料が書いてあるだけで、染め方は書いていないんです。植物染めにはマニュアルと呼ばれるものがなく、すべては失敗と経験から学ぶしかありません。同じ植物でも産地やその年の気候によって色の出方が違いますし、使う繊維の種類によっても色は変わります。作業時の気温や湿度、時間などの条件が変われば、当然、色の表れ方も変わってしまう。安定して美しい色を出すには、長い時間をかけて培った自らの感覚だけが頼りになります。微妙な色の濃淡は、自分の目で覚えていくしかありません」

染料の材料や分量が書かれた平安時代の『延喜式』は、植物染め職人のバイブル的書物

吉岡が染めに使うのは、シルク、木綿、麻、和紙などの天然素材。染料とする植物は、紫根、蓼藍、蘇芳、苅安、紅花、梔子、日本茜、丁子などで、そのほとんど漢方薬にも使われるものだ。薬と同じものが材料と聞けば、それだけで人の体に良いものだということがわかる。

吉岡が使う材料は、家の庭で採れるものもあれば、地方から取り寄せたり、日本独自の植物の栽培を農家などに直接お願いしているものもある

「今、主に使っている材料は大体11種類くらいで、細かく挙げれば50種類くらいになると思います。すべての色が一つの染料からできるわけではなく、一種類の染料で出せない色は二色を染め重ねます。例えば緑色は緑の葉から色をとるわけではありません。葉っぱの緑は葉緑素でできていて、日にちが経つと茶色っぽくなってしまいます。だから昔から緑は藍染などをした後に黄色を染め重ねてつくっています。その掛け合わせの仕方で濃淡の変化も付けられます。さまざまな組み合わせがあって、昔の手法で出せる色の数は209色あります。それは日本で化学染料が使われる以前は209の伝統色があったという父の調査に基づいています」

「染司よしおか」では化学染料が使われる以前の209の伝統色を復元している

日本の古代色は、茜色、卯の花色、常盤色、山吹色、緋(ひ)色、胡桃色など、草木や花の名前に由来するものが多い。それは平安貴族の間では、和歌や文学において、植物の名前を用いて繊細な色の特徴を情緒豊かに表現することが教養の一つとされていたことなどが背景にある。たとえば山吹色は山吹の花の鮮やかな黄色を指し、常盤色は常緑樹の葉のような深緑色。卯の花は初夏に咲く白い花で、真っ白ではなく微かな青みを帯びた涼しげな印象の色。単なる色名以上に、それぞれに風情を感じさせ、四季の移ろいや草花の美を身近に感じながら暮らす古代の人々の色に寄せる想いが、香り立つように伝わってくる。

また、特定の色は高貴な身分の人しか着られない決まりなどもあり、人々が出会った時に顔ではなく、衣装の色でお互いを認識するようなこともあった。

「そういう意味では、昔の人の方が色に対してもっと敏感だったかもしれませんね。私たちは電気の力に頼りきっていますが、昔は夜であればローソクや月の光でものを見ていた。染めを行う時は、そういう自然の中で見る色の感覚も大事にしたいと思っています。また、どんな植物でも必ず何かしらの色素を持っているんですけど、植物であれば何でもいいわけではないという点も、うちが大事にしているところです。新しいものを試したり、新しい色をつくることにあまり喜びは感じないんです。昔の記録があり、その記録に残っているものしか使わない、というのは父が決めたことでもあり、私はそれがとても大事だと思っています」

古代の人々が色に寄せた想いを忠実に再現する

Profile

吉岡更紗 Sarasa Yoshioka


染織家。1977年 京都府生まれ。父は染織史研究家で多くの著書をもつ「染司よしおか」5代目吉岡幸雄で、三姉妹の末っ子として生まれる。大学卒業後はイッセイミヤケに勤務。その後、愛媛県西予市野村シルク博物館で染織を学び、2008年より生家で修業を始める。2013年から東大寺修二会の椿(つばき)の造花の和紙染めや、薬師寺の花会式で使われる染和紙を制作するなど古社寺の行事にも参加。2019 年「染司よしおか」6代目を継ぐ。毎年行われる寺社の行事はもちろん、近年は衣服にかかわるものの他に、ホテルの吹き抜けやマンションのエントランスなどの建築空間に古代染色の布を用いるなど、その活動の場を広げている。著書に『染司よしおかに学ぶ はじめての植物染め』(紫紅社)
https://www.textiles-yoshioka.com/


染司よしおか
https://www.portom.jp/jp/art/

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