【別所由加のハリケーンランプ】工芸の手触りを持つロングライフデザイン
職人の手で一つ一つ丁寧につくられるハリケーンランプが静かなロングセラーとなっている。SNSで告知される不定期の発売日を多くの人が待ち構え、発売されるといつも5分ほどで売り切れてしまうのだ。2か月で60個ほどがつくられては即完売という状態が、ここ数年ずっと続いている。
職人の手で一つ一つ丁寧につくられるハリケーンランプが静かなロングセラーとなっている。SNSで告知される不定期の発売日を多くの人が待ち構え、発売されるといつも5分ほどで売り切れてしまうのだ。2か月で60個ほどがつくられては即完売という状態が、ここ数年ずっと続いている。
ハリケーンランプとはその名の通り、嵐の中でも灯(とも)した火が消えない精巧な造りのオイルランプのこと。かつては船舶や戦場などで使用され、近年はキャンプのアイテムとして人気を集めている。しかし用途に関係なく、そのシンプルで無駄のない美しい佇まいに心を奪われ、買い求めてしまう人も多いようだ。

つくり手は、現在ハリケーンランプを製造する国内唯一のランプメーカー『WINGED WHEEL』5代目の別所由加。1924年に創業者である曽祖父が日本初の国産ハリケーンランプをつくり、彼女はその一家相伝の技術を継承。大阪府八尾市の小さな町工場で黙々と製造を続けている。

昭和に入り、電気の普及でオイルランプの需要が下火になっても、『WINGED WHEEL』は農業のビニールハウス用などで長らく販路を保っていた。が、諸般の事情で2003年に倒産。その後工場を再建したのは別所の母だった。大阪芸術大学でドラムに熱中していた別所は、懸命に働く母の姿を見て、当時すでに国内で一軒のみとなっていたランプ工場を継ぐことを決意。大学を中退した。しかし、ことは決して順調には進まなかった。代々職人の口伝で受け継がれてきた製造技術はマニュアルなどが一切なく、当初は途方に暮れていたという。
「ハリケーンランプのパーツは30個ほどですが、専用の機械を使ってブリキを金型でプレスし、各パーツを組み立てる工程は200にも及びます。私が工場に入った当時は、幸いまだ祖父の時代から働いていた工場長がいたので、朝から晩まで工場長と額を突き合わせて全工程を記録し、技術を身につけました」

パーツの在庫がなくなり新たにパーツをつくろうとしたところ、金型の多くが破損しているのを発見。その時には再度絶望を感じたという。一時製造をストップし悩んだ別所は、クラウドファンディングで金型修復の費用を捻出。今もほぼ100%、古くからある機械や金型を昔のまま使い続けている。
別所が使っている旧式の金型は、上下左右の位置を定める支柱がついておらず、経験で得た感覚のみで使いこなさなければならない。そういった苦労を抱えながら、創業時のハリケーンランプを忠実に再現し続ける理由を、別所はこう語る。
「曽祖父は大正時代に輸入品のランプを見て研究を重ね、10年かけてこのハリケーンランプを完成させました。空気を排出する穴の数や位置、パーツの接続部分など細かいところも完璧に計算された構造になっています。丹念な研究によって実現した造形、そして炎の美しさ。これほど完璧なハリケーンランプは他にはないからです」


現在工場で別所と共に働くのは、主には組み立てを担当するもう一人の職人のみ。新しい機械や金型を使えばもっと楽に量産できる。しかし数種類のプレス機と数百ある金型を組み合わせ、一つずつ異なる金型でパーツをつくっているので、一部の機械や金型を変えてしまうと誤差が生じて全体のバランスが狂ってしまうのだ。それでは曽祖父がこだわりを持って完成させたハリケーンランプとは違うものになってしまう。だから別所は古い機械と金型にこだわり続けている。
「私が使っている古い機械には機嫌がいい時や悪い時があって、まるで生きもののようなんです。理屈では説明できないことが多く、経験で解決できるわけでもありません。自分の体の延長として機械を捉える、そういう感覚が大事なんだと思っています」
ときには何か月もうまく金型を調整できないこともあるという。まるで陶芸家がろくろや自分の意のままにはならない窯の火と対峙(たいじ)するように、別所はギシギシと音を立てる機械たちと向き合っているのだ。

創業者の信念を忠実に受け継ぎ、素材や道具も含めて100年前の製法を守り続けている点を見れば、別所のハリケーンランプは限りなく“工芸的”なプロダクトとも言えるだろう。型染めの織物や鋳物の鉄瓶などと変わらぬ“長く受け継がれるもの”を尊ぶ姿勢が、そこには確かに存在する。普遍的な機能と意匠を備え、生活の中で長く使い続けられる “ロングライフデザイン”の系譜にも、これは間違いなく連なるものだ。



曽祖父がハリケーンランプを完成させてから昨年でちょうど100年を迎えた。キャンプブームに陰りが見えても、このランプの人気は一向に衰えない。優れたものが持つ不思議な力が、多くの人に「持っていたい」と思わせる。
来月4月には、人気の高いアンティーク色のハリケーンランプの発売が予定されている。


別所由加/Yuka Bessho
1989年大阪府生まれ。20歳の時に大阪芸術大学演奏学科を中退し母親の経営する「WINGED WHEEL」に就職。曽祖父が製造を始めたハリケーンランプの技術を継承し、2013年に代表取締役に就任。2016年に新たなブランド「Flame Sense」を立ち上げ新しいランプの創作にも力を注ぐ。2020年「情熱大陸」(TBS)に出演。ハリケーンランプの予約待ちの人数は今も増え続けている。
text: Miho Sauser
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サウザー美帆 Sauser Miho
編集者。上智大学文学部史学科卒。上海外国語大学、上海交通大学に留学。『Esquire日本版』編集部を経て約8年間上海に居住。現在は東京を拠点に日本と中国のメディアの仕事に従事。これまで中国のメディア向けに主に工芸、建築、デザイン、アートの分野を中心に日本のアーティストや職人など約200人を取材。著書に日本の工芸を中国に紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』、『造物的温度(ものづくりの温度)』(共に上海浦睿文化)、『与竹共生(竹と共に生きる)/四代目田辺竹雲斎』(広西師範大学出版)など。奈良美智の中国での書籍出版の編集などにも携わる。中国のカルチャー誌『生活LIFE MAGAZINE』のエディター、京都のアート系出版社青艸堂の共同創設者としても活動。
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